デザイアと呼ばれた男 VOL 25
こんにちは。D・二プルです。
私が目指している〝麻薬のような小説〟。まだまだそれにはほど遠いですが、確実に進化しています。
今日も、私に感染した者がまた一人……。
9
鬼頭の運転する車がジョーのアジトの前で停車した。
「降りろ」
鬼頭は前を見たまま後部座席に座るマユミに命令した。
マユミは無表情のまま黙って車から降りた。
別に鬼頭に従ったわけではなかった。
ただ〝車〟という密室でできることが限られているし、自由も利かない。
何より、鬼頭と二人きりで車内にいることが、マユミには我慢できなかった。
愛する男を目の前で殺し、自分を犯したこの世でもっとも憎んでいる男。
本当は今すぐにでも殺したかった。
でも、今はまだ駄目だ。
鬼頭に真の〝絶望〟を味あわせ、助けを求めてきた鬼頭の腕を断ち切り、奈落の底へ叩き落すまでにはまだまだ程遠い。
自分一人の力ではできないかもしれないが、必ずチャンスが訪れるはずだ。
マユミはいつの間にか〝デザイア〟に希望を賭けていた。
〝デザイア〟なら自分の心の奥にこびりついた絶望を打ち砕いてくれるような気がしていた。
現に〝デザイア〟と関わってからの鬼頭はこの数日間の間に何かが変わったような気がしていた。
ほんの少しだけではあるが人の痛みを知ったように思えた。
もし、それが本当に〝デザイア〟の影響だとしたら、例え〝デザイア〟が犯罪者だったとしてもマユミは自分の中に芽生えた恋心を絶やさずにいたいと思っていた。
車から降りた鬼頭は黙って地下の階段を下りていった。
鬼頭は黙っていたがマユミも鬼頭の後から着いていった。
ついさっきジョーと訪れたこの地下へ続く階段を今は鬼頭と一緒に下りている。
鬼頭とジョーが繋がっていたことには驚いたが、ここを降りると何か別世界へ足を踏み入れるような感覚になった。
さっきジョーと初めて体験したSMプレー、出会ったその日に見ず知らずの男と身体を重ね合わせたこと。
それは一見凛一郎との性の不一致に悩んでいたからだとマユミ自身思っていたが、それはそんなに単純な問題ではないように思えた。
〝デザイア〟に対する一方通行の片想い、未だに忘れられないマサキへの想い、そして鬼頭への恨み。
それら全てが募って本能がマユミにあんな行動をさせたのだろう。
階段を一段一段下りながらマユミはそんな事を考えていた。
階段を降りると鬼頭がその場に立ち尽くしていた。
ここはジョーの詩が壁一面に貼られたベッドルームがあるはずだ。
中にジョーがいるのか?
マユミは鬼頭の背後から背伸びして部屋の中を覗き込んだ。
次の瞬間、マユミは眼を見開き、全身が硬直したような感覚に囚われた。
そこには首をへし折られ死んでいる変わり果てたジョーの遺体が床の上に転がっていた。
入り口で立ち尽くしている鬼頭を押しのけマユミは部屋の中に駆け込んだ。
近くで見ると改めて実感が湧いてきた。
さっきまで一緒に身体を重ね合わせていたジョーが死んでいるのだ。
ふと壁を見上げ、マユミはさらに信じられないほどのショックを受けた。
「皆殺しにしてやるぜ!〝デザイア〟」
ジョーの血で乱雑に書かれたそのメッセージを見てマユミは自分の中にあった〝デザイア〟への恋心が一瞬で砕け散るのが分かった。
まるで違う世界の住人に恋をしていた自分に気づいたのだ。
いつの間にかマユミはそれまで憎かったはずの鬼頭の腕に自分の腕を絡ませていた。
今、この場で一人になるのがとても怖かった。
誰でもいいからそばに居て欲しかった。
人の温もりを肌で感じていたかった。
男に守って欲しいと思った。
鬼頭は黙ったままマユミの肩を抱きしめた。
マユミは鬼頭の胸の中で涙を流し、身体預けていた。
その時、階段の上で車のブレーキ音が聞こえ、誰かが地下へ降りてくるのが分かった。
二人の間で緊張が高まった。
鬼頭はマユミを自分から放し、身構えている。
恐らく降りてくるのは〝ジョーを殺した犯人〟だろうと鬼頭もマユミも予測していた。
そしてそれは壁に書かれたメッセージにあるように〝奴〟であることは明らかだった。
階段を下りる足音は一歩一歩二人に近づいてきていた。
10
足音が止まり、鬼頭とマユミの前にひょっこりと姿を現したのは凛一郎だった。
凛一郎の出現にマユミはあっけにとられた。
まさか、凛一郎がジョーを殺害したというのか?
もしかして浮気した腹いせだろうか?
しかし、よく見ると凛一郎の様子はおかしかった。
凛一郎は意識を失い、床に倒れている。
とてもここまで自分の足で歩いてきたとは思えなかった。
じゃあ、誰が一体凛一郎をここまで連れてきたというのか?
マユミがふと見上げると、鬼頭は入り口の奥の階段の奥の闇を鋭い目つきで睨みつけていた。
「出てこいよ。そこにいるんだろ」
鬼頭の一言でマユミは階段の影に人が隠れていることに気づいた。
今、階段の影に隠れている奴が凛一郎をここまで連れてきたのだろうか?
そしてそいつがジョーを殺した犯人なのだろうか?
マユミが頭の中で考えを巡らせていた時、階段の影に息を潜めていた男がついに姿を現した。
そこには黒のニット帽とサングラスに全身黒ずくめの格好をした〝もう一人のデザイア〟が立っていた。
〝もう一人のデザイア〟の出現はマユミの心を余計に混乱させた。
なぜ、〝デザイア〟は凛一郎を気絶させ、ここまで連れてきたのか?
そして、あの血文字で書かれていたように、ジョーを殺したのは〝デザイア〟なのだろうか?
まさか〝デザイア〟はここに人を集めて殺しているのではないか?
血文字で書かれた〝皆殺しにしてやるぜ〟というメッセージは果たして誰を対象にしたものなのか?
マユミは完全に〝もう一人のデザイア〟が本物の〝デザイア〟だと思い込んでいた。
鬼頭と〝もう一人のデザイア〟は未だに睨み合ったまま動こうとしなかった。
鬼頭は〝もう一人のデザイア〟を明らかに警戒していた。
「そんなに俺が怖いのか、鬼頭?」
ボイスチェンジャードロップによって変化した声は以前マユミが聞いた声と同じだった。
「お前がジョーを殺ったのか?」
「ジョーだけじゃないぜ。お前の仲間はほとんど殺したぜ。その他の奴も再起不能にしてサツに逮捕させたぜ。お前の仲間はほとんど全滅だ。後はお前を始末するだけだな」
「おもしろい。俺はそう簡単には……」
ドン!
鬼頭が言葉を言い終わらないうちに〝もう一人のデザイア〟は隠し持っていた銃を抜き、何のためらいも無く撃ち放った。
その弾丸は鬼頭の右肩を撃ちぬいた。
利き腕を撃ちぬかれた鬼頭はすでに戦闘不能の状態におちいった。
だが、〝もう一人のデザイア〟はとどめを刺そうとしなかった。
〝もう一人のデザイア〟は銃を手に持ったまま発射せずゆっくりと鬼頭に近づいていき、鬼頭の頭を拳銃で殴りつけた。
鬼頭は頭から血を流し、膝を床につけた。
〝もう一人のデザイア〟は不適な笑みを見せ、鬼頭の顔面を蹴り上げると、まるで弄ぶように鬼頭を蹴り続けた。
「どうだ?思い知ったかこのやろう。俺はずっとお前をこうしてやりたかったんだよ」
〝もう一人のデザイア〟は出血している頭と肩を集中して攻め続けた。
「もうやめて。それ以上やったら本当に死んじゃうじゃない」
マユミは床に倒れ、すでに虫の息の鬼頭に駆け寄った。
「何で止めるんだよ。こいつは君の恋人を殺した男じゃないか。君だってこいつを殺してやりたいと思ってたんじゃないのか?俺はその為に……」
「……何であんたがそんなこと知ってるのよ?あんた一体誰なの?」
「俺は……」
その時、突然〝もう一人のデザイア〟の体からものものしいアラーム音が鳴り響いた。
〝もう一人のデザイア〟は慌てて懐から携帯を取り出した。
「……もしもし」
「何してるんだ。お前が暴走したら計画は台無しだろうが、お前の欲望が叶わなくなってもいいのか?それが嫌だったら計画通りしっかり動くんだ」
そう言って携帯は一方的に切れた。
國無の電話によって我に帰った〝もう一人のデザイア〟はスッと立ち上がり、マユミに銃を突きつけた。
「脱げ。死にたくなかったら俺の言うことを聞くんだ」
「嫌よ」
言うことを聞かないマユミの頬を〝もう一人のデザイア〟は平手打ちし、そのまま床に押し倒し馬乗りになった。
〝もう一人のデザイア〟は強引にマユミの首にキスし、キャミソールの中に手を忍ばせ、ハーフパンツのボタンを外した。
「お前は俺のものだ」
「嫌、やめて」
〝もう一人のデザイア〟は露になったマユミの胸を揉みしだきながら膨れ上がった自分のペニスを抜き、挿入しようとした。
その時、〝もう一人のデザイア〟は突如吹き飛ばされた。
マユミが身体を起こし、見上げると今まで意識を失っていた凛一郎が目を覚まし、立ち上がっていた。
「……五味君」
「五味、貴様……」
「誰だお前は?何なんなんだよその格好は?」
〝もう一人のデザイア〟はむき出しのペニスをズボンの中にしまい、俺に銃を突きつけた。
「お前は確かに眠らせたはずだ。なぜ、今起きることができるんだ?」
「……どうやらお前が俺をここに連れてきたようだな。お前もおっさんにそそのかされてそんなことやってんのか?どんな理由かは知らないがマユミに手を出すことだけは許さないぞ」
「……とんだ邪魔が入ったな。仕方ない。もう一度眠らせてやる」
〝もう一人のデザイア〟に銃を突きつけられた俺は平然と言ってのけた。
「おい、安全装置は外したのか?それじゃあ、人は撃てないぜ」
「何だと?」
〝もう一人のデザイア〟は俺の言葉に反応し、銃の安全装置を確かめた。
その一瞬の隙を突き、俺は〝もう一人のデザイア〟に突進し、頭突きを喰らわせた。
突然の頭突きによって後ろに吹き飛ばされた〝もう一人のデザイア〟はその拍子に手に持っていた銃を床に落とした。
俺はすかさずその銃を拾い上げ、〝もう一人のデザイア〟に突きつけた。
「仕方ない……」
〝もう一人のデザイア〟は慌てて階段に駆け上り逃げ去った。
俺は〝もう一人のデザイア〟を追わなかった。
それはこの男が間違いなく國無が仕組んだものだと核心していたからだった。
あの男を追ってもどうせろくな情報を引き出せないことを俺は一瞬で読み取った。
俺は銃を懐にしまい、倒れているマユミに駆け寄った。
「大丈夫?」
「……うん。それよりも何で〝デザイア〟が五味君をここまで連れてきたんだろう?」
「あいつは〝デザイア〟じゃない。偽者だよ」
「……偽者?何でそう思うの?」
「……とにかく、早くここを離れよう。ここに居たらまたどんな危険が及ぶか分からないからね」
俺はマユミの質問をはぐらかし、マユミの手を取りここを出ようとした。
するとマユミはそれを拒むように俺の手を引き離し、倒れている鬼頭に駆け寄った。
鬼頭は血だらけで床の上にゴミのように転がっている。
「この人も連れてって。このままじゃ死んじゃうよ」
「……でも、その男は……」
「いいから早く手をかして!このまま放っておけないでしょ」
マユミの言葉に後押しされ、俺は鬼頭の肩に腕を回し、起き上がらせた。
マユミはその横で心配そうな表情をして鬼頭の背中をさすっている。
俺が意識をうしなっている間に一体何があったのか?
マユミの鬼頭に対する気持ちは明らかに変化していた。
俺は今まで敵であったはずの鬼頭に嫉妬していた。
それにあの〝偽デザイア〟。
何かがうねるように大きく変わろうとしていた。
【続く】
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