デザイアと呼ばれた男 VOL 27
3
俺は國無と待ち合わせをしていたことなどすっかり忘れて、廃屋団地とはまるで反対方向にトモコと歩いていた。
トモコは仕事の都合で最近この辺りに越してきたばかりでほとんど知り合いもなく、寂しい想いをしていたという。
俺とトモコは近くのファミレスへ行こうということになり、世田谷公園の中を通り抜けて歩いていた。
緑が生い茂る静かな公園の中をあの憧れのトモコとこうして並んで歩いていることがとても信じられなかった。
そういえば、いつだったか思い出せないが最近トモコの夢を見たような気がした。
そして、このタイミングで本物のトモコとの再開である。
俺は過去の記憶と共に長い間ずっとトモコに話したかったあのことを思い出した。
これは二度とないチャンスだと思った。
今日この時を逃せば二度とチャンスは訪れないかもしれない。
俺は今日こそあの時言えなかった誤解を解こうと思った。
それは俺の過去のトラウマにケリをつけることだった。
しかし、その直後俺の頭の中で別の考えが浮かんだ。
もしもトモコがあの時のことなどまったく忘れていたらどうしよう。
考えられないことではない。
俺だってトモコに声を掛けられるまで目の前の女がトモコだとは思わなかったし、実際にトモコのことなど頭の奥底に封印していたほどだ。
何も過去の忌わしい記憶を現在に甦らせることはない。
その時、俺たちの反対側から幼稚園児ぐらいの女の子が三輪車に乗って向かってきた。
女の子はまだ三輪車に乗りなれていないらしく、ハンドル操作がおぼつかないようだった。
女の子は向かいからやってきた俺たちのことを意識し、ハンドルを切ろうとしてバランスを崩して三輪車を転倒させてしまった。
女の子は転んだショックと痛みでとたんに泣き出してしまった。
子供が苦手な俺は気まずくなり、早足でその場を立ち去りたかった。
しかし、トモコはすぐに転んで泣いている女の子に駆け寄り「大丈夫?」と声を掛け、頭を撫でながら立たせていた。
俺はそんなトモコの様子を見て愛おしくなった。
女の子はすっかり泣き止み、倒れていた三輪車を起こすとサドルにまたがり、笑顔で言った。
「お姉ちゃんありがとう。ごめんね、デート中に。彼氏が待ってるよ」
そう言い残し、女の子は三輪車に乗って俺たちの前から走り去っていった。
「最近の子はませてるね。かわいい」
トモコは俺の方を振り向いて笑顔で言った。
女の子の言葉とトモコの笑顔を見て、俺は頬を赤らめてしまった。
俺はさっきよりも少し早足でファミレスに向かって歩き出した。
ファミレス内はさほど混んでいなかった。
ファミレスで俺とトモコは向かい合って座り、おしゃべりに華を咲かせていた。
「で、五味君は今何してるの?」
「ああ、俺はレンタルビデオ屋でバイトしてるよ。ずっとフリーターだね」
「へぇ~、そうなんだ。バイトしながら何か目指してるとか?」
「いや、そんなの何もないんだけどね……で、高宮さんは何してるの?」
「私もねバイトなんだけど、派遣の仕事でお掃除屋さんやってるんだ。一人暮らしの男の人とか、自分の部屋を片付けられない人の部屋にいって掃除や洗濯してあげる仕事なんだけどね、結構時給高いんだよ」
「へぇ~、そう……」
「そうだ!再開を祝して今から五味君の部屋掃除してあげる。もちろん無料で。五味君もこの近くに住んでるんでしょ?」
「……うん」
俺は複雑な心境だった。
何なんだこの展開は?
あのトモコが俺の部屋に来るだと?
トモコは一人暮らしの男の部屋に来るという意味を分かっているのだろうか?
トモコはただ単純に純粋な気持ちで俺の部屋を掃除しにこようとしているのか?
それとも一人の女として俺を誘っているのか?
俺の脳裏にあの光景が再び浮かび上がってきた。
中学の屋上でオナニーをトモコに目撃されたあの日、あの日を境に俺の中で何かが変わってしまったのだ。
あの日が俺の人生の中で一つのターニングポイントとなっていた。
もし、あの時のことがなかったとしたら、俺は今とまったく違う人生を歩んでいたのかもしれない。
特に〝性〟においては明らかにあの時の出来事は俺のその後の人生に影響していたと思う。
トモコにオナニーを見られていなければ心の中に〝レイプ願望〟も生まれず、レイプでないと絶頂できない体にはならなかたかもしれない。
そうなれば俺は〝デザイア〟などにもならずにすんだかもしれないのだ。
俺はその後のトモコの話す会話に適当な相槌をうちながら過去のトラウマと格闘していた。
そうしている間にいつの間にか時間は過ぎ、外はすっかり暗くなっていて再び夜が営業を開始したのだった。
俺とトモコはファミレスを出た後、自然に俺の部屋に向かっていた。
それから数分後、トモコは俺の部屋の中にいた。
俺はベッドの上にちょこんと座り、部屋の片付けをするトモコの様子を見ていた。
トモコはデニムのジーパンを穿いていたが、トモコのスラッと伸びた足にぴったりとフィットしていたパンツ姿はスカートよりもエロティックだった。
「そんなにジッと見ないでよ。恥ずかしいな」
そう言いながらもトモコは無意識のうちに男心をくすぐる術を披露していた。
「普段はね、専用のエプロンを着けて掃除するんだけど、お客さんの中には別料金を払ってマイエプロンを用意しててそれを着て掃除して欲しいって人もいるんだよ。男の人の妄想ってすごいとおもっちゃった」
「五味君はどんな姿が好みかな?」
「……」
黙っている俺を見て、トモコはニッコリと微笑み部屋の照明を落とした。
突然の闇に俺の目は付いていかず、俺の心は明らかに動揺していた。
すると突然ベッドが軋み、トモコが俺の座っているベッドの横に座ってきたのが分かった。
トモコは俺に密着して座り、身を寄せて、体を俺に預けてきた。
トモコの肌が俺の手に触れ、俺はさらに驚愕した。
俺の隣にいるトモコは服を脱ぎ、全裸の状態になっていたのだ。
目が次第に闇に慣れてきて、トモコのシルエットがゆっくりと浮かび上がってくる。
それにつられるように俺のペニスもみるみるうちに膨らんでいった。
「……おい、何考えてるんだよ」
「シッ、いいから黙って……」
そう言うとトモコは自分の唇を俺の唇に重ね合わせ湿らせたあと、ゆっくりと口の中に舌を挿入させてきた。
トモコはそのまま自分の体重を重ね、ベッドに俺を押し倒し俺の服を淫らに剥ぎ取っていった。
俺は全裸になりトモコの肌の温もりを直に感じ、硬直したペニスに体を乗っ取られたように性の野獣へと変貌していった。
トモコと体を入れ替え、俺が上になると俺は舌でトモコの身体の掃除を始めた。
足の小指から頭の毛穴に至るまで、俺はたっぷりとトモコの身体を味わった。
しかし、俺は挿入しようとはしなかった。
ペニスは爆発寸前にまでギンギンに高まっていたが、挿入することができなかった。
もし、ペニスを挿入すれば俺にはどんな結果が待っているかが想像できたからだ。
「ねぇ、そろそろ入れて……」
トモコの言葉が逆に俺を我に帰らせた。
俺はトモコから離れ、ベッドから起き上がった。
「どうしたの?しないの?」
「……うん、ごめん。できないんだ」
「……そう。ねぇ、五味君、もしかしたら〝性〟に対するトラウマか何かもってるんじゃない?もし、あたしでよかったら聞かせてよ」
「……」
それはまさに絶好のタイミングだった。
言うなら今しかないと思った。
しかし、俺の心の中には未だにためらいがあった。
心の奥をさらすのが怖かった。
正直に言えば恐らくトモコは引いてしまい俺に失望するだろう。
俺はトモコに嫌われることを恐れていた。
黙ったまま震えていた俺をトモコは抱き寄せた。
「いいのよ。あなたは何も心配することないわ。私は全てを受け入れる。だから安心して全てを聞かせて。あなたの本音を。過去のトラウマを。あなたを見てひと目で分かった。中学の時からあなたは何も変わっていない。これは私の勘なんだけど、五味君中学時代に私に何か言いたかったことがあったんじゃない?だけど、言えなかった。大丈夫、今なら言えるわ」
トモコの暗示に掛かったように俺は今まで誰にも話したことのなかった心のトラウマを話し始めた。
「君は憶えてないかもしれないけど、中学二年の時、屋上で俺は君にオナニーしてるところを見られたんだ。正確にはオナニーし終わったあとのなんだけど、俺はエロ本を見ながら君のことを想像してオナニーしてたんだ。当時、俺は君のことが好きだったからね。だけど、君は俺にとって手の届かない高嶺の花だった。その君にオナニーしているところを見られて俺はショックだった。それ以来、俺は女とセックスしてもイケない体になっちゃったんだ。」
俺はそこで言葉を切った。
その先の國無由自と出会って、本当の性癖である〝レイプ願望〟については話さなかった。
男のレイプに賛同する女はいない。
俺は自分にブレーキをかけた。
「……そうだったんだ」
トモコは今までよりも強く俺を抱きしめキスした。
「……話してくれてうれしい。それに中学の頃私のことを好きでいてくれたことも。大丈夫。あなたは必ずそのトラウマを乗り越えることができるわ。もう一人じゃないんだもん。今日から私も一緒だから安心して」
俺の眼から涙が溢れていた。
俺とトモコはそれから一つのベッドで朝までずっと裸で抱き合ったまま過ごした。
このトモコの出現によって俺の人生はまたしても何者かに捻じ曲げられるように狂いだしていくのだった。
そして、俺とマユミの関係は鬼頭、トモコ、〝もう一人のデザイア〟を巻き込み、最終章に突入しようとしていた。
【続く】
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