デザイアと呼ばれた男 VOL 26
こんにちは。D・二プルです。
最近は携帯小説の投稿にはまっています。
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第八章 現実は暗黒文学のように……
1
辺りは静まり返り、空気の澄んだ夜の香りが広がっていた。
俺とマユミは二人で巨漢の鬼頭を担ぎ上げ忌わしい地下室を後にした。
鬼頭は既に意識を失い、今にも死にそうな状態だった。
あの無敵を誇っていた鬼頭が今は俺の横で虫の息になっている。
鬼頭は撃ちぬかれた右肩よりも、何度も蹴られた顔の方が重傷だった。
マユミは地下室で鬼頭の応急手当をしていたが、心配そうな表情で見つめていた。
俺は救急車を呼んで病院に運ぼうと言ったが、マユミは反対した。
銃で撃たれた状態で病院へ行けば必ず病院側は警察に通報する。
俺はそれを知っていてわざと言ったが、そのことをマユミが知っていたばかりか、恨んでいた鬼頭が警察に捕まる心配をしている心境の変化に驚いた。
鬼頭はマユミの元彼を殺害し、マユミ自身をレイプした男のはずだ。
俺は鬼頭を警察に引き渡すことでもマユミにしたことを考えればだいぶ妥協したつもりだった。
それなのにマユミは鬼頭をかばっているのだ。
マユミは救急車ではなく、タクシーを呼ぶように俺に頼んだ。
俺が携帯でタクシーを呼んでいる間もマユミは電柱にもたれかかって座らせた鬼頭に付きっ切りの状態だった。
俺はそんなマユミのことが気になってしょうがなかった。
しばらくしてタクシーがやってきた。
鬼頭をタクシーの後部座席に乗せてマユミはその隣に座った。
俺もマユミの隣に座りたかったが、鬼頭とマユミで後部座席はいっぱいになった。
仕方なく俺は助手席に乗った。
タクシーに乗り込むとマユミは運転手に道を指示し、自宅のマンションに向かわせた。
マユミは鬼頭を自分の部屋に連れて行くつもりなのだ。
いくら意識を失っているとはいえ、過去に自分をレイプした男を部屋に入れるとはどういう神経をしているのだろうか?
タクシーの助手席の上で俺の嫉妬心は次第に膨れ上がっていった。
マユミのマンションに到着した。
タクシーの中では運転手の手前遠慮していたが、俺はマユミに問いただしたいことで頭の中がいっぱいになっていた。
玄関先に鬼頭を運び込んだ時点でそれは限界に達した。
鬼頭の靴を脱がしているマユミに俺は言い放った。
「このまま鬼頭をここに泊めるつもり?」
「うん。そうだよ」
「……鬼頭はマユミの元彼を殺した男だろ?そんな男を自分の部屋に泊めるのか?意識が無いからってちょっと安易すぎるんじゃないのか?」
「何、妬いてるの?やめてよ。みっともない」
「どういう心境の変化だよ。鬼頭のことを殺したいほど憎んでたんじゃなにのか?それなのにどうして……今じゃ警察に引き渡すのも嫌だって言うのかよ」
「そうよ。警察になんか渡さない。警察や世間のものさしで鬼頭を裁かせない。この男の罪はそんなに軽くない。あなたなら分かるでしょ」
マユミの言葉が俺の心に浸透した。
マユミが言った言葉は鬼頭だけでなく俺にも該当するような気がした。
マユミは俺の心を全て見透かしているように言った。
「ごめんね。もし、さっきまでのあたしの態度で誤解させたなら謝るわ。でも、勘違いしないで。あたしは鬼頭に対して特別な感情は持ってない。もちろん、恨んではいるけど、すぐに殺したりはしない。死は償いにはならない。だけど、鬼頭を許す気もない。あたしにもどうしたらいいのか分からないの。自分の気持ちを整理したいの。だからお願い、少しだけ時間をちょうだい。結果的には五味くんが言うように警察に引き渡すかもしれないけど、今はまだできない。だけど、これだけは憶えておいて。私が今好きなのは五味君だけよ」
そう言って、マユミは自分の唇をそっと近づけ俺の唇を濡らした。
俺はマユミのキス一つで全てを了解した。
女のキスは時に男を落ち着かせ、納得させる効果をもたらすものだ。
マユミの魔法に罹り鬼頭を奥の部屋に運び込んだ俺だったが、心の片隅ではシコリを残していた。
マユミの中の〝デザイア〟へ対する気持ちはまだ消えたわけではない。
俺は自分に嫉妬し、もう一人の自分に浮気するマユミの女心にわだかまりを忘れていなかった。
それはこれからマユミと付き合っていく上で必ず解決しなければならない大切な問題だった。
それには俺自身の問題も含まれていて、マユミとセックスしても満足できないことが原因で、その結果、マユミに浮気心を植えつけているような気もした。
マユミが鬼頭を運び込んだ部屋は、俺が以前ここに来た時にいつも閉ざされていた〝開かずの扉〟の中だった。
俺もこの部屋に入るのは初めてだった。
ここは以前マユミの父が生前書斎として使っていた部屋だった。
小さな机の前には医学関係の本が綺麗に並べられていた。
壁には白衣が掛かっていて、その下には折りたたみ式のベッドが置かれていた。
「父さんはね、あたしがいない時、ここに女を連れ込んでたの。あたしには隠してたつもりだったけど、部屋を掃除してれば女を連れ込んでいることはすぐにわかった。だから、父さんが死んでからはこの部屋はまったく使ってなかったの。あたしはこの部屋が大嫌いだから。だからこの部屋に大切な人は入れたくなかった。ここは汚らわしい場所だったから。だからここに鬼頭を泊めてこれからのことを考えてみようと思った。逆にこの部屋でなら答えがでるかもしれないと思ったの。だけど、心配しないで。もし、鬼頭が意識を取り戻して、あたしに変なことをしようとしたらすぐに殺してやるんだから」
俺はマユミの俺に対する真の気持ちが聞けたような気がした。
今言ったことがマユミの心を全てさらけ出したものではないとしても、俺はマユミの気遣いがとてもうれしかった。
「でも、殺しちゃだめだよ。こんな奴の為にマユミの手を汚す必要はないよ。殺したくなったらまず俺を呼んで。俺が代わりにこいつを殺してやるから」
俺は本気で言ったが、マユミはどういう風に俺の言葉を受け止めたかは分からなかった。
「うん。分かった。ありがとう」
俺とマユミは鬼頭を折りたたみ式のベッドに寝かせドアを閉めた。
とたんに疲れが湧き上がるように押し寄せてきた。
それはマユミも同じだった。
今日一日でいろいろなことがありすぎた。
多くの知人の死、数々の修羅場、初めての殺人……。
俺とマユミは寄り添って一つのベッドに入ったが、身体を一つにすることはなく、そのまま深い眠りについた。
今日一日で起きたことは俺の予想を遥かに超える大問題へと発展するものだった。
翌朝目が覚めた時、俺たちの周りの事態が一変していることなど、今の俺には知る由もなかった。
2
翌朝、俺はマユミよりも先に目を覚ました。
昨日は本当に大変な一日だった。
俺の隣でマユミはまだ寝息をたてて眠っていた。
マユミの寝顔を見て俺は少し癒されたが、マユミもまた俺の知らないところで大変な一日を過ごしていたに違いない。
俺が意識を取り戻した時、マユミは鬼頭と一緒にいた。
鬼頭と一緒にいたマユミの姿は俺が予想していたもの違っていた。
恐らく國無が仕掛けたであろうあの〝もう一人のデザイア〟がマユミを犯そうとしていた図。
本来あれは俺が予想していた鬼頭の姿だった。
その鬼頭をマユミの前でぶっ飛ばし、俺はマユミと結ばれる。
そんな安易なシナリオを心のどこかで描いていた。
もちろん、あそこに〝もう一人のデザイア〟が居て、鬼頭と敵対していたからこそ、あんな展開になっていたんだと思うが、俺が意識を取り戻した時、マユミは自分の身を盾にして重傷の鬼頭をかばっていた。
あれが単なる母性本能なのか、人間としての善意なのか、それとも女が男に注ぐ愛情の始まりなのか俺には気になってしょうがなかった。
人は危険な状態に陥ると、種族維持本能が働き、身近な異性に惹かれるという。
あの異常な状況の中で、マユミが鬼頭に好意を持ったとしてもそれはありえないことではない。
俺は喉の渇きを覚え、ベッドから起き上がり、洗面所に向かった。
その途中で、俺は隣の部屋に寝ている鬼頭の様子を覗いてみた。
鬼頭は昨日と同じようにやっと呼吸をしている状態でベッドの上で眠っていた。
俺はマユミが寝ていることを確かめ、そっと隣の部屋に侵入し、眠っている鬼頭のすぐ近くに立ち、鬼頭を見下ろした。
このまま鬼頭が死んだらマユミはどう思うだろうか?
少なくても俺は自分の中の悩みが一つ解決することになる。
鬼頭は生きているのが不思議なぐらいの重傷を負っていて、いつ死んでもおかしくないように思えた。
それならいっそう俺の手で殺してしまおうか?
もともと、鬼頭はマユミを苦しめていた張本人で敵のはずだし、昨夜俺は始めて人を殺した。
一人殺すも二人殺すも一緒だ。
俺は鬼頭の首にそっと手をかけた。
このまま少しだけ力を入れれば鬼頭は死ぬ。
人の命なんてはかないものだ。
鬼頭が死ねばこれまで長い間マユミを苦しめていた悪夢から開放することができるんじゃないか?
鬼頭こそがマユミにとって悪の元凶なのだ。
鬼頭は俺に命綱を握られていることもしらず、意識を失っている。
俺は指先にそっと力を入れた。
鬼頭は何の抵抗も見せぬままされるがままになっている。
鬼頭はここで俺に殺されて死ぬのだ。
だが、その時、俺は昨日のマユミの言葉を思い出した。
俺はギリギリの瀬戸際で思いとどまり、鬼頭の首から手を離した。
確かに俺は昨日初めてこの手で人を殺した。
しかし、昨日の殺人と今この場で鬼頭を殺すことはまったく違う意味を持つような気がした。
ここで鬼頭を殺してしまったら、俺はもう戻れなくなってしまう。
そうなればもうマユミと一緒に人生を歩めなくなる。
俺はまたしてもギリギリのところでマユミに救われた。
俺はそっと部屋を出て洗面所に向かい、頭から水をかぶった。
俺はどうかしていた。
俺はもう一度、眠っているマユミの寝顔を見て、外へ出た。
少し、頭を冷やそう。
外へ出るとすでに夕方になっていることに気づいた。
久しぶりに長時間眠ったおかげで頭の中はすっきりしていた。
俺は自宅に戻り、シャワーを浴び、TVを付けた。
TVのニュースでは「ワールド」で起きた殺人事件が大々的に報じられていた。
今マスコミが報じているのは昨日起こったことのほんの一部のような気がした。
そういえば俺が殺したイブやエナリの死体はどうなったのだろうか?
ニュースを一通り見ていたが、イブやエナリの死体については何も報じられなかった。
どうやらマルイケは警察に逮捕されたようだ。
世田谷公園で激突したヒデはどうなったんだろうか?
タツオとタツヒコの兄弟はあの後どうなったんだろうか?
あの辺りからの記憶がなかった。
どうやら裏であの〝偽デザイア〟が動いていたようだが、その裏には國無由自がいることは間違いないだろう。
そして、俺はTVのニュースで改めてユカの死を確認した。
ユカの子供は警察に保護され、小原は一命を取りとめ、病院に運ばれたようだった。
俺は少し落ち着いたら小原の容態を見に行こうと思っていた。
その時、携帯に國無から電話が掛かってきた。
「凛一郎、無事だったか?マユミは助け出せたのか?」
「……ああ、何とかな。それよりおっさんに聞きたいことが山ほどあるんだ。まずあの〝偽デザイア〟のことなんだが……」
「待て、凛一郎。俺もお前に話したいことがあるが電話じゃまずい。今からアジトに来れるか?」
「ああ、分かった。じゃあ、今から行く」
携帯を切り、俺は廃屋団地へ向かった。
廃屋団地のフェンスが見えてきた。
俺は周りを気にしながらフェンスを乗り越えようとしていると、一人の若い女が俺の方を見ていた。
歳は俺と同じぐらいだろうか?
この辺では見かけない顔だったが、とても綺麗な顔立ちをしていた。
俺は女が見ている手前、堂々とフェンスを乗り越えることができず、回り込んで別の場所から入ろうと思った。
その時、それまでずっと俺の方を見ていた女が、俺の後を追いかけるように近づいてきた。
「あの、間違えてたらすみません。ひょっとして五味凛一郎君じゃないですか?」
「……え、あのどちら様でしょうか?」
「ん?分からない?中学の時同じクラスだった高宮。高宮智子。思い出した?」
俺はその場に呆然と立ち尽くしていた。
今、俺の目の前にいる女は、俺が過去に遠い記憶の彼方にしまいこんだ憧れのトモコだった。
なぜ、今になってトモコが俺の前に現れたのか?
それは國無由自が作り上げた〝絶望〟という名のシナリオの最終段階の幕開けを意味していた。
【続く】
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