2007年7月 1日 (日)

デザイアと呼ばれた男     VOL 26

こんにちは。D・二プルです。

最近は携帯小説の投稿にはまっています。

よかったらそっちの方もチェックしてみて下さい!

第八章  現実は暗黒文学のように……

          1

 辺りは静まり返り、空気の澄んだ夜の香りが広がっていた。

俺とマユミは二人で巨漢の鬼頭を担ぎ上げ忌わしい地下室を後にした。

鬼頭は既に意識を失い、今にも死にそうな状態だった。

あの無敵を誇っていた鬼頭が今は俺の横で虫の息になっている。

鬼頭は撃ちぬかれた右肩よりも、何度も蹴られた顔の方が重傷だった。

マユミは地下室で鬼頭の応急手当をしていたが、心配そうな表情で見つめていた。

俺は救急車を呼んで病院に運ぼうと言ったが、マユミは反対した。

銃で撃たれた状態で病院へ行けば必ず病院側は警察に通報する。

俺はそれを知っていてわざと言ったが、そのことをマユミが知っていたばかりか、恨んでいた鬼頭が警察に捕まる心配をしている心境の変化に驚いた。

 鬼頭はマユミの元彼を殺害し、マユミ自身をレイプした男のはずだ。

俺は鬼頭を警察に引き渡すことでもマユミにしたことを考えればだいぶ妥協したつもりだった。

それなのにマユミは鬼頭をかばっているのだ。

マユミは救急車ではなく、タクシーを呼ぶように俺に頼んだ。

俺が携帯でタクシーを呼んでいる間もマユミは電柱にもたれかかって座らせた鬼頭に付きっ切りの状態だった。

俺はそんなマユミのことが気になってしょうがなかった。

 しばらくしてタクシーがやってきた。

鬼頭をタクシーの後部座席に乗せてマユミはその隣に座った。

俺もマユミの隣に座りたかったが、鬼頭とマユミで後部座席はいっぱいになった。

仕方なく俺は助手席に乗った。

 タクシーに乗り込むとマユミは運転手に道を指示し、自宅のマンションに向かわせた。

マユミは鬼頭を自分の部屋に連れて行くつもりなのだ。

いくら意識を失っているとはいえ、過去に自分をレイプした男を部屋に入れるとはどういう神経をしているのだろうか?

タクシーの助手席の上で俺の嫉妬心は次第に膨れ上がっていった。

 

 マユミのマンションに到着した。

タクシーの中では運転手の手前遠慮していたが、俺はマユミに問いただしたいことで頭の中がいっぱいになっていた。

玄関先に鬼頭を運び込んだ時点でそれは限界に達した。

鬼頭の靴を脱がしているマユミに俺は言い放った。

「このまま鬼頭をここに泊めるつもり?」

「うん。そうだよ」

「……鬼頭はマユミの元彼を殺した男だろ?そんな男を自分の部屋に泊めるのか?意識が無いからってちょっと安易すぎるんじゃないのか?」

「何、妬いてるの?やめてよ。みっともない」

「どういう心境の変化だよ。鬼頭のことを殺したいほど憎んでたんじゃなにのか?それなのにどうして……今じゃ警察に引き渡すのも嫌だって言うのかよ」

「そうよ。警察になんか渡さない。警察や世間のものさしで鬼頭を裁かせない。この男の罪はそんなに軽くない。あなたなら分かるでしょ」

 マユミの言葉が俺の心に浸透した。

マユミが言った言葉は鬼頭だけでなく俺にも該当するような気がした。

マユミは俺の心を全て見透かしているように言った。

「ごめんね。もし、さっきまでのあたしの態度で誤解させたなら謝るわ。でも、勘違いしないで。あたしは鬼頭に対して特別な感情は持ってない。もちろん、恨んではいるけど、すぐに殺したりはしない。死は償いにはならない。だけど、鬼頭を許す気もない。あたしにもどうしたらいいのか分からないの。自分の気持ちを整理したいの。だからお願い、少しだけ時間をちょうだい。結果的には五味くんが言うように警察に引き渡すかもしれないけど、今はまだできない。だけど、これだけは憶えておいて。私が今好きなのは五味君だけよ」

そう言って、マユミは自分の唇をそっと近づけ俺の唇を濡らした。

俺はマユミのキス一つで全てを了解した。

女のキスは時に男を落ち着かせ、納得させる効果をもたらすものだ。

 マユミの魔法に罹り鬼頭を奥の部屋に運び込んだ俺だったが、心の片隅ではシコリを残していた。

マユミの中の〝デザイア〟へ対する気持ちはまだ消えたわけではない。

俺は自分に嫉妬し、もう一人の自分に浮気するマユミの女心にわだかまりを忘れていなかった。

それはこれからマユミと付き合っていく上で必ず解決しなければならない大切な問題だった。

それには俺自身の問題も含まれていて、マユミとセックスしても満足できないことが原因で、その結果、マユミに浮気心を植えつけているような気もした。

 マユミが鬼頭を運び込んだ部屋は、俺が以前ここに来た時にいつも閉ざされていた〝開かずの扉〟の中だった。

俺もこの部屋に入るのは初めてだった。

 ここは以前マユミの父が生前書斎として使っていた部屋だった。

小さな机の前には医学関係の本が綺麗に並べられていた。

壁には白衣が掛かっていて、その下には折りたたみ式のベッドが置かれていた。

「父さんはね、あたしがいない時、ここに女を連れ込んでたの。あたしには隠してたつもりだったけど、部屋を掃除してれば女を連れ込んでいることはすぐにわかった。だから、父さんが死んでからはこの部屋はまったく使ってなかったの。あたしはこの部屋が大嫌いだから。だからこの部屋に大切な人は入れたくなかった。ここは汚らわしい場所だったから。だからここに鬼頭を泊めてこれからのことを考えてみようと思った。逆にこの部屋でなら答えがでるかもしれないと思ったの。だけど、心配しないで。もし、鬼頭が意識を取り戻して、あたしに変なことをしようとしたらすぐに殺してやるんだから」

俺はマユミの俺に対する真の気持ちが聞けたような気がした。

今言ったことがマユミの心を全てさらけ出したものではないとしても、俺はマユミの気遣いがとてもうれしかった。

「でも、殺しちゃだめだよ。こんな奴の為にマユミの手を汚す必要はないよ。殺したくなったらまず俺を呼んで。俺が代わりにこいつを殺してやるから」

俺は本気で言ったが、マユミはどういう風に俺の言葉を受け止めたかは分からなかった。

「うん。分かった。ありがとう」

俺とマユミは鬼頭を折りたたみ式のベッドに寝かせドアを閉めた。

とたんに疲れが湧き上がるように押し寄せてきた。

それはマユミも同じだった。

今日一日でいろいろなことがありすぎた。

多くの知人の死、数々の修羅場、初めての殺人……。

俺とマユミは寄り添って一つのベッドに入ったが、身体を一つにすることはなく、そのまま深い眠りについた。

今日一日で起きたことは俺の予想を遥かに超える大問題へと発展するものだった。

翌朝目が覚めた時、俺たちの周りの事態が一変していることなど、今の俺には知る由もなかった。

          2

 翌朝、俺はマユミよりも先に目を覚ました。

昨日は本当に大変な一日だった。

俺の隣でマユミはまだ寝息をたてて眠っていた。

マユミの寝顔を見て俺は少し癒されたが、マユミもまた俺の知らないところで大変な一日を過ごしていたに違いない。

俺が意識を取り戻した時、マユミは鬼頭と一緒にいた。

鬼頭と一緒にいたマユミの姿は俺が予想していたもの違っていた。

恐らく國無が仕掛けたであろうあの〝もう一人のデザイア〟がマユミを犯そうとしていた図。

本来あれは俺が予想していた鬼頭の姿だった。

その鬼頭をマユミの前でぶっ飛ばし、俺はマユミと結ばれる。

そんな安易なシナリオを心のどこかで描いていた。

もちろん、あそこに〝もう一人のデザイア〟が居て、鬼頭と敵対していたからこそ、あんな展開になっていたんだと思うが、俺が意識を取り戻した時、マユミは自分の身を盾にして重傷の鬼頭をかばっていた。

あれが単なる母性本能なのか、人間としての善意なのか、それとも女が男に注ぐ愛情の始まりなのか俺には気になってしょうがなかった。

人は危険な状態に陥ると、種族維持本能が働き、身近な異性に惹かれるという。

あの異常な状況の中で、マユミが鬼頭に好意を持ったとしてもそれはありえないことではない。

 俺は喉の渇きを覚え、ベッドから起き上がり、洗面所に向かった。

その途中で、俺は隣の部屋に寝ている鬼頭の様子を覗いてみた。

鬼頭は昨日と同じようにやっと呼吸をしている状態でベッドの上で眠っていた。

 俺はマユミが寝ていることを確かめ、そっと隣の部屋に侵入し、眠っている鬼頭のすぐ近くに立ち、鬼頭を見下ろした。

このまま鬼頭が死んだらマユミはどう思うだろうか?

少なくても俺は自分の中の悩みが一つ解決することになる。

鬼頭は生きているのが不思議なぐらいの重傷を負っていて、いつ死んでもおかしくないように思えた。

それならいっそう俺の手で殺してしまおうか?

もともと、鬼頭はマユミを苦しめていた張本人で敵のはずだし、昨夜俺は始めて人を殺した。

一人殺すも二人殺すも一緒だ。

俺は鬼頭の首にそっと手をかけた。

このまま少しだけ力を入れれば鬼頭は死ぬ。

人の命なんてはかないものだ。

鬼頭が死ねばこれまで長い間マユミを苦しめていた悪夢から開放することができるんじゃないか?

鬼頭こそがマユミにとって悪の元凶なのだ。

 鬼頭は俺に命綱を握られていることもしらず、意識を失っている。

俺は指先にそっと力を入れた。

鬼頭は何の抵抗も見せぬままされるがままになっている。

鬼頭はここで俺に殺されて死ぬのだ。

だが、その時、俺は昨日のマユミの言葉を思い出した。

 俺はギリギリの瀬戸際で思いとどまり、鬼頭の首から手を離した。

確かに俺は昨日初めてこの手で人を殺した。

しかし、昨日の殺人と今この場で鬼頭を殺すことはまったく違う意味を持つような気がした。

ここで鬼頭を殺してしまったら、俺はもう戻れなくなってしまう。

そうなればもうマユミと一緒に人生を歩めなくなる。

俺はまたしてもギリギリのところでマユミに救われた。

 俺はそっと部屋を出て洗面所に向かい、頭から水をかぶった。

俺はどうかしていた。

俺はもう一度、眠っているマユミの寝顔を見て、外へ出た。

少し、頭を冷やそう。

 外へ出るとすでに夕方になっていることに気づいた。

久しぶりに長時間眠ったおかげで頭の中はすっきりしていた。

俺は自宅に戻り、シャワーを浴び、TVを付けた。

TVのニュースでは「ワールド」で起きた殺人事件が大々的に報じられていた。

今マスコミが報じているのは昨日起こったことのほんの一部のような気がした。

そういえば俺が殺したイブやエナリの死体はどうなったのだろうか?

ニュースを一通り見ていたが、イブやエナリの死体については何も報じられなかった。

どうやらマルイケは警察に逮捕されたようだ。

世田谷公園で激突したヒデはどうなったんだろうか?

タツオとタツヒコの兄弟はあの後どうなったんだろうか?

あの辺りからの記憶がなかった。

どうやら裏であの〝偽デザイア〟が動いていたようだが、その裏には國無由自がいることは間違いないだろう。

そして、俺はTVのニュースで改めてユカの死を確認した。

ユカの子供は警察に保護され、小原は一命を取りとめ、病院に運ばれたようだった。

俺は少し落ち着いたら小原の容態を見に行こうと思っていた。

 その時、携帯に國無から電話が掛かってきた。

「凛一郎、無事だったか?マユミは助け出せたのか?」

「……ああ、何とかな。それよりおっさんに聞きたいことが山ほどあるんだ。まずあの〝偽デザイア〟のことなんだが……」

「待て、凛一郎。俺もお前に話したいことがあるが電話じゃまずい。今からアジトに来れるか?」

「ああ、分かった。じゃあ、今から行く」

携帯を切り、俺は廃屋団地へ向かった。

 廃屋団地のフェンスが見えてきた。

俺は周りを気にしながらフェンスを乗り越えようとしていると、一人の若い女が俺の方を見ていた。

歳は俺と同じぐらいだろうか?

この辺では見かけない顔だったが、とても綺麗な顔立ちをしていた。

俺は女が見ている手前、堂々とフェンスを乗り越えることができず、回り込んで別の場所から入ろうと思った。

 その時、それまでずっと俺の方を見ていた女が、俺の後を追いかけるように近づいてきた。

「あの、間違えてたらすみません。ひょっとして五味凛一郎君じゃないですか?」

「……え、あのどちら様でしょうか?」

「ん?分からない?中学の時同じクラスだった高宮。高宮智子。思い出した?」

俺はその場に呆然と立ち尽くしていた。

今、俺の目の前にいる女は、俺が過去に遠い記憶の彼方にしまいこんだ憧れのトモコだった。

なぜ、今になってトモコが俺の前に現れたのか?

 それは國無由自が作り上げた〝絶望〟という名のシナリオの最終段階の幕開けを意味していた。

                                                 【続く】

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2007年5月 9日 (水)

デザイアと呼ばれた男     VOL 25

 こんにちは。D・二プルです。

 私が目指している〝麻薬のような小説〟。まだまだそれにはほど遠いですが、確実に進化しています。

 今日も、私に感染した者がまた一人……。

          9

 鬼頭の運転する車がジョーのアジトの前で停車した。

「降りろ」

鬼頭は前を見たまま後部座席に座るマユミに命令した。

マユミは無表情のまま黙って車から降りた。

別に鬼頭に従ったわけではなかった。

ただ〝車〟という密室でできることが限られているし、自由も利かない。

何より、鬼頭と二人きりで車内にいることが、マユミには我慢できなかった。

愛する男を目の前で殺し、自分を犯したこの世でもっとも憎んでいる男。

本当は今すぐにでも殺したかった。

でも、今はまだ駄目だ。

鬼頭に真の〝絶望〟を味あわせ、助けを求めてきた鬼頭の腕を断ち切り、奈落の底へ叩き落すまでにはまだまだ程遠い。

自分一人の力ではできないかもしれないが、必ずチャンスが訪れるはずだ。

 マユミはいつの間にか〝デザイア〟に希望を賭けていた。

〝デザイア〟なら自分の心の奥にこびりついた絶望を打ち砕いてくれるような気がしていた。

現に〝デザイア〟と関わってからの鬼頭はこの数日間の間に何かが変わったような気がしていた。

ほんの少しだけではあるが人の痛みを知ったように思えた。

もし、それが本当に〝デザイア〟の影響だとしたら、例え〝デザイア〟が犯罪者だったとしてもマユミは自分の中に芽生えた恋心を絶やさずにいたいと思っていた。

 車から降りた鬼頭は黙って地下の階段を下りていった。

鬼頭は黙っていたがマユミも鬼頭の後から着いていった。

ついさっきジョーと訪れたこの地下へ続く階段を今は鬼頭と一緒に下りている。

鬼頭とジョーが繋がっていたことには驚いたが、ここを降りると何か別世界へ足を踏み入れるような感覚になった。

さっきジョーと初めて体験したSMプレー、出会ったその日に見ず知らずの男と身体を重ね合わせたこと。

それは一見凛一郎との性の不一致に悩んでいたからだとマユミ自身思っていたが、それはそんなに単純な問題ではないように思えた。

〝デザイア〟に対する一方通行の片想い、未だに忘れられないマサキへの想い、そして鬼頭への恨み。

それら全てが募って本能がマユミにあんな行動をさせたのだろう。

階段を一段一段下りながらマユミはそんな事を考えていた。

 階段を降りると鬼頭がその場に立ち尽くしていた。

ここはジョーの詩が壁一面に貼られたベッドルームがあるはずだ。

中にジョーがいるのか?

マユミは鬼頭の背後から背伸びして部屋の中を覗き込んだ。

次の瞬間、マユミは眼を見開き、全身が硬直したような感覚に囚われた。

そこには首をへし折られ死んでいる変わり果てたジョーの遺体が床の上に転がっていた。

入り口で立ち尽くしている鬼頭を押しのけマユミは部屋の中に駆け込んだ。

近くで見ると改めて実感が湧いてきた。

さっきまで一緒に身体を重ね合わせていたジョーが死んでいるのだ。

ふと壁を見上げ、マユミはさらに信じられないほどのショックを受けた。

「皆殺しにしてやるぜ!〝デザイア〟」

ジョーの血で乱雑に書かれたそのメッセージを見てマユミは自分の中にあった〝デザイア〟への恋心が一瞬で砕け散るのが分かった。

まるで違う世界の住人に恋をしていた自分に気づいたのだ。

いつの間にかマユミはそれまで憎かったはずの鬼頭の腕に自分の腕を絡ませていた。

今、この場で一人になるのがとても怖かった。

誰でもいいからそばに居て欲しかった。

人の温もりを肌で感じていたかった。

男に守って欲しいと思った。

鬼頭は黙ったままマユミの肩を抱きしめた。

マユミは鬼頭の胸の中で涙を流し、身体預けていた。

 その時、階段の上で車のブレーキ音が聞こえ、誰かが地下へ降りてくるのが分かった。

二人の間で緊張が高まった。

鬼頭はマユミを自分から放し、身構えている。

恐らく降りてくるのは〝ジョーを殺した犯人〟だろうと鬼頭もマユミも予測していた。

そしてそれは壁に書かれたメッセージにあるように〝奴〟であることは明らかだった。

階段を下りる足音は一歩一歩二人に近づいてきていた。

10

 足音が止まり、鬼頭とマユミの前にひょっこりと姿を現したのは凛一郎だった。

凛一郎の出現にマユミはあっけにとられた。

まさか、凛一郎がジョーを殺害したというのか?

もしかして浮気した腹いせだろうか?

 しかし、よく見ると凛一郎の様子はおかしかった。

凛一郎は意識を失い、床に倒れている。

とてもここまで自分の足で歩いてきたとは思えなかった。

じゃあ、誰が一体凛一郎をここまで連れてきたというのか?

 マユミがふと見上げると、鬼頭は入り口の奥の階段の奥の闇を鋭い目つきで睨みつけていた。

「出てこいよ。そこにいるんだろ」

鬼頭の一言でマユミは階段の影に人が隠れていることに気づいた。

今、階段の影に隠れている奴が凛一郎をここまで連れてきたのだろうか?

そしてそいつがジョーを殺した犯人なのだろうか?

マユミが頭の中で考えを巡らせていた時、階段の影に息を潜めていた男がついに姿を現した。

そこには黒のニット帽とサングラスに全身黒ずくめの格好をした〝もう一人のデザイア〟が立っていた。

〝もう一人のデザイア〟の出現はマユミの心を余計に混乱させた。

なぜ、〝デザイア〟は凛一郎を気絶させ、ここまで連れてきたのか?

そして、あの血文字で書かれていたように、ジョーを殺したのは〝デザイア〟なのだろうか?

まさか〝デザイア〟はここに人を集めて殺しているのではないか?

血文字で書かれた〝皆殺しにしてやるぜ〟というメッセージは果たして誰を対象にしたものなのか?

マユミは完全に〝もう一人のデザイア〟が本物の〝デザイア〟だと思い込んでいた。

 鬼頭と〝もう一人のデザイア〟は未だに睨み合ったまま動こうとしなかった。

鬼頭は〝もう一人のデザイア〟を明らかに警戒していた。

「そんなに俺が怖いのか、鬼頭?」

ボイスチェンジャードロップによって変化した声は以前マユミが聞いた声と同じだった。

「お前がジョーを殺ったのか?」

「ジョーだけじゃないぜ。お前の仲間はほとんど殺したぜ。その他の奴も再起不能にしてサツに逮捕させたぜ。お前の仲間はほとんど全滅だ。後はお前を始末するだけだな」

「おもしろい。俺はそう簡単には……」

ドン!

鬼頭が言葉を言い終わらないうちに〝もう一人のデザイア〟は隠し持っていた銃を抜き、何のためらいも無く撃ち放った。

その弾丸は鬼頭の右肩を撃ちぬいた。

利き腕を撃ちぬかれた鬼頭はすでに戦闘不能の状態におちいった。

だが、〝もう一人のデザイア〟はとどめを刺そうとしなかった。

〝もう一人のデザイア〟は銃を手に持ったまま発射せずゆっくりと鬼頭に近づいていき、鬼頭の頭を拳銃で殴りつけた。

鬼頭は頭から血を流し、膝を床につけた。

〝もう一人のデザイア〟は不適な笑みを見せ、鬼頭の顔面を蹴り上げると、まるで弄ぶように鬼頭を蹴り続けた。

「どうだ?思い知ったかこのやろう。俺はずっとお前をこうしてやりたかったんだよ」

〝もう一人のデザイア〟は出血している頭と肩を集中して攻め続けた。

「もうやめて。それ以上やったら本当に死んじゃうじゃない」

マユミは床に倒れ、すでに虫の息の鬼頭に駆け寄った。

「何で止めるんだよ。こいつは君の恋人を殺した男じゃないか。君だってこいつを殺してやりたいと思ってたんじゃないのか?俺はその為に……」

「……何であんたがそんなこと知ってるのよ?あんた一体誰なの?」

「俺は……」

その時、突然〝もう一人のデザイア〟の体からものものしいアラーム音が鳴り響いた。

〝もう一人のデザイア〟は慌てて懐から携帯を取り出した。

「……もしもし」

「何してるんだ。お前が暴走したら計画は台無しだろうが、お前の欲望が叶わなくなってもいいのか?それが嫌だったら計画通りしっかり動くんだ」

そう言って携帯は一方的に切れた。

國無の電話によって我に帰った〝もう一人のデザイア〟はスッと立ち上がり、マユミに銃を突きつけた。

「脱げ。死にたくなかったら俺の言うことを聞くんだ」

「嫌よ」

言うことを聞かないマユミの頬を〝もう一人のデザイア〟は平手打ちし、そのまま床に押し倒し馬乗りになった。

〝もう一人のデザイア〟は強引にマユミの首にキスし、キャミソールの中に手を忍ばせ、ハーフパンツのボタンを外した。

「お前は俺のものだ」

「嫌、やめて」

〝もう一人のデザイア〟は露になったマユミの胸を揉みしだきながら膨れ上がった自分のペニスを抜き、挿入しようとした。

その時、〝もう一人のデザイア〟は突如吹き飛ばされた。

マユミが身体を起こし、見上げると今まで意識を失っていた凛一郎が目を覚まし、立ち上がっていた。

「……五味君」

「五味、貴様……」

「誰だお前は?何なんなんだよその格好は?」

〝もう一人のデザイア〟はむき出しのペニスをズボンの中にしまい、俺に銃を突きつけた。

「お前は確かに眠らせたはずだ。なぜ、今起きることができるんだ?」

「……どうやらお前が俺をここに連れてきたようだな。お前もおっさんにそそのかされてそんなことやってんのか?どんな理由かは知らないがマユミに手を出すことだけは許さないぞ」

「……とんだ邪魔が入ったな。仕方ない。もう一度眠らせてやる」

〝もう一人のデザイア〟に銃を突きつけられた俺は平然と言ってのけた。

「おい、安全装置は外したのか?それじゃあ、人は撃てないぜ」

「何だと?」

〝もう一人のデザイア〟は俺の言葉に反応し、銃の安全装置を確かめた。

その一瞬の隙を突き、俺は〝もう一人のデザイア〟に突進し、頭突きを喰らわせた。

突然の頭突きによって後ろに吹き飛ばされた〝もう一人のデザイア〟はその拍子に手に持っていた銃を床に落とした。

俺はすかさずその銃を拾い上げ、〝もう一人のデザイア〟に突きつけた。

「仕方ない……」

〝もう一人のデザイア〟は慌てて階段に駆け上り逃げ去った。

俺は〝もう一人のデザイア〟を追わなかった。

それはこの男が間違いなく國無が仕組んだものだと核心していたからだった。

あの男を追ってもどうせろくな情報を引き出せないことを俺は一瞬で読み取った。

俺は銃を懐にしまい、倒れているマユミに駆け寄った。

「大丈夫?」

「……うん。それよりも何で〝デザイア〟が五味君をここまで連れてきたんだろう?」

「あいつは〝デザイア〟じゃない。偽者だよ」

「……偽者?何でそう思うの?」

「……とにかく、早くここを離れよう。ここに居たらまたどんな危険が及ぶか分からないからね」

俺はマユミの質問をはぐらかし、マユミの手を取りここを出ようとした。

するとマユミはそれを拒むように俺の手を引き離し、倒れている鬼頭に駆け寄った。

鬼頭は血だらけで床の上にゴミのように転がっている。

「この人も連れてって。このままじゃ死んじゃうよ」

「……でも、その男は……」

「いいから早く手をかして!このまま放っておけないでしょ」

 マユミの言葉に後押しされ、俺は鬼頭の肩に腕を回し、起き上がらせた。

マユミはその横で心配そうな表情をして鬼頭の背中をさすっている。

俺が意識をうしなっている間に一体何があったのか?

マユミの鬼頭に対する気持ちは明らかに変化していた。

俺は今まで敵であったはずの鬼頭に嫉妬していた。

それにあの〝偽デザイア〟。

何かがうねるように大きく変わろうとしていた。

                                                 【続く】

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2007年2月22日 (木)

デザイアと呼ばれた男       VOL 22

 こんにちは。D・二プルです。

  【二プルおススメ映画】

   「アマデウス」

 1823年11月、凍てつくウィーンの街で1人の老人が自殺をはかった。「許してくれモーツァルト、おまえを殺したのは私だ」、老人は浮わ言を吐きながら精神病院に運ばれた。数週間後、元気になった老人は神父フォーグラー(リチャード・フランク)に、意外な告白をはじめた。--老人の名はアントニオ・サリエリ(F・マーリー・エイブラハム)。かつてはオーストリア皇帝ヨゼフ二世(ジェフリー・ジョーンズ)に仕えた作曲家だった。神が与え給うた音楽の才に深く感謝し、音楽を通じて神の下僕を任じていた彼だが、神童としてその名がヨーロッパ中に轟いていたウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(トム・ハルス)が彼の前に出現したときその運命が狂い出した。作曲の才能は比類なかったが女たらしのモーツァルトが、サリエリが思いよせるオベラ歌手カテリナ・カヴァリエリ(クリスティン・エバソール)に手を出したことから、彼の凄まじい憎悪は神に向けられたのだ。皇帝が姪の音楽教師としてモーツァルトに白羽の矢を立てようとした時、選考の権限を持っていたサリエリはこれに反対した。そんな彼の許へ、モーツァルトの新妻コンスタンツェ(エリザベス・ベリッジ)が、夫を音楽教師に推薦してもらうべく、音譜を携えて訪れた。コンスタンツェは苦しい家計を支えるために、何としても音楽教師の仕事が欲しかったのだ。フルートとハープの協奏曲、2台のピアノのための協奏曲・・・。譜面の中身は訂正・加筆の跡がない素晴らしい作品ばかりだった。再びショックに打ちのめされたサリエリは神との永遠の訣別を決意した。神はモーツァルトの方を下僕に選んだのだ。ある夜の、仮面舞踏会。ザルツブルグから訪れた父レオポルド(ロイ・ドートリス)、コンスタンツェと共に陽気にはしゃぎ回るモーツァルトが、サリエリの神経を逆撫でする。天才への嫉妬と復讐心に燃えるサリエリは、若きメイドをスパイとしてモーツァルトの家にさし向けた。そして復讐のときがやってきた。皇帝が禁じていたオペラ「フィガロの結婚」の上演をモーツァルトが計画したのだ。サリエリがスパイから得た情報を皇帝に密告したとも知らず、モーツァルトはサリエリに助けを求める。それを放っておくサリエリ。やがて父レオポルドが死んだ。失意のモーツァルトは酒と下品なパーティにのめり込んでいく。そして金のために大衆劇場での「ドン・ジョバンニ」作曲に没頭していくモーツァルトに、サリエリが追い打ちをかける。変装したサリエリがモーツァルトにレクイエムの作曲を依頼したのだ。金の力に負けて作曲を引き受けるモーツァルトだが、精神と肉体の疲労は想像以上にすさまじく、「魔笛」上演中に倒れてしまう。コンスタンツェが夫のあまりの乱行に愛想をつかし旅に出てしまったために無人になった家に、モーツァルトを運び込むサリエリ。仮装した彼は衰弱したモーツァルトにレクイエムの引き渡しを迫る。サリエリは作曲の協力を申し出て、一晩かかってレクイエムを仕上げさせるが、翌朝、サリエリが強いた過酷な労働のためか、モーツァルトは息を引きとった。モーツァルト35歳、1791年12月のことだった。すべてを告白し、いまや老いさらばえたサリエリひとりが、惨めな生を生きるのだった。

 若くして逝った天才音楽家ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトと宮庭音楽家アントニオ・サリエリの対決を通してモーツァルトの謎にみちた生涯を描く。製作はソウル・ゼインツ、監督は「ラグタイム」のミロシュ・フォアマン。ピーター・シェーファーが舞台のために書いた脚本を自ら映画のために書き直した。エグゼクティヴ・プロデューサーはマイケル・ハウスマンとバーティル・オールソン、撮影はミロスラフ・オンドリチェク、音楽監督・指揮はネヴィル・マリナー、美術はカレル・サーニー、衣裳はテオドール・ピステック、編集はネーナ・デーンヴィックとマイケル・チャンドラー、プロダクションデザインはP・フフォン・ブランデンシュタイン、オペラ舞台デザインはヨゼフ・スボボダが担当。出演はF・マーリー・エイブラハム、トム・ハルスなど。日本版字幕は戸田奈津子。ドルビーステレオ、テクニカラー、パナビジョン。1984年作品。

     それでは引き続き「デザイアと呼ばれた男」をお楽しみ下さい!

          3

 俺は路上駐車してある車の物陰から奴らの動向を窺っていた。

さすがに良い動きだ。

「ワールド」の照明を落として15秒弱で全員が外に飛び出してきた。

虚勢を張り、すぐに外に出なければ全員ガスの餌食だった。

中にはマユミや小原たちがいる可能性があった為、ただの睡眠ガスだ。

眠らせてしまえばこっちのものだ。

マユミや「ワールド」の連中を助け出し、鬼頭とその仲間たちは今後の動きを封じる為に足の骨を2~3本折れば上出来だろう。

 だが、奴らはあっさりと外に飛び出してきた。

こうなったら予定変更だ。

唯一の救いは奴らが一箇所に固まっていないということだ。

ヒデを相手にしてみて確信したが、鬼頭の仲間たちは一筋縄ではいかない連中が揃っているような気がした。

以前の「ニガー」の連中の比ではない。

俺は國無に習ったことを頭の中でリピートしていた。

多勢を相手にする時は一人ひとり確実に潰す。

完全装備で〝デザイア〟に変身した俺は自信に満ち溢れていた。

精神的なことだけではなく、〝デザイア〟になることで俺は確実に強くなっていた。

 俺は一番近くにいる若い男をターゲットに選んだ。

俺はイブの進行方向を先読みし、戦いの場を細い路地裏に決めた。

俺は闇に紛れながら路地裏に移動した。

國無からの指示で自宅に〝デザイア変身セット〟を取りに行った時、郵便受けの中に鬼頭の仲間全員の写真と新たな武器が入っていた。

 俺の一番近くにいる男はイブという男だ。

イブは辺りを窺いながらこっちに歩いてくる。

辺りに他の奴らの姿は見えなかった。

「おい、イブ、こっちに〝デザイア〟がいたぞ」

俺はボイスチェンジャードロップで低くなった声をさらに変えてイブを呼び寄せた。

俺の声に反応し、イブはこっちに近づいてきた。

 俺は闇の中からイブの右腕を掴み、路地裏に引きずり込んだ。

突然の出来事にもちろんイブはすぐに反応することはできずにいた。

イブがあっけに取られている瞬間に、防犯スプレーを奴の目に喰らわせ視界を奪えば勝ちだと思った。

しかし、俺のスプレーより、イブのナイフが一瞬早く、俺の腕を切り裂いた。

飛び出したスプレーはイブの目からは外れ、空振りに終わった。

俺は瞬時にイブから離れ、距離を取った。

イブは俺を蛙を狙う蛇のような冷たい眼で見つめていた。

イブの眼を見て俺は正直心が凍りつくほどの恐怖を感じた。

イブの眼は今まであった誰よりも機械的でまるで感情を感じられなかった。

「お前が〝デザイア〟か?意外ときゃしゃだな」

「……」

イブは仲間を呼ぶわけでもなく、ジリジリと俺に近づいてきていた。

俺は無意識のうちに路地の奥へ後ずさりしていた。

「何だ、逃げるのか?さっき殺した細い男の方がよっぽど威勢がよかったぞ」

「……殺しただと?一体誰を」

「さあな。名前などいちいち覚えてないな。ただビデオ屋の従業員なのは間違いない。恐らく他の従業員たちも他の奴らに殺されたんじゃないか?今日一日でビデオ屋の連中は全滅だ。もちろん原因はお前のせいだ。お前があいつらを殺したようなもんだな」

 イブの話を聞いても俺にはまるで現実味がなかった。

「ワールド」で一緒に働いていた仲間が目の前の男に殺された?

まるで実感がなかったが俺は無意識にイブに飛び掛っていた。

 イブは俺が飛び掛ってくるのを待ち構えていたように懐からサイレンサー付きの拳銃を抜き、何のためらいもなく発射した。

 銃弾は俺の胸に突き刺さり、俺は路地の奥に吹っ飛んだ。

「さっきはとっさにナイフを抜いちまったが、俺は銃の方が好きでな。手っ取り早くていい。殺しに感情など必要ない」

路上に倒れている俺に近づきながらイブはコンピューター内のデータを処理するように淡々と口走った。

 イブの言葉はしっかりと俺の耳に届いていた。

それは時間にすれば一秒にも満たないわずかな時間だった。

俺の中で今まで無かった感情が爆発的に膨れ上がった。

特に目の前のイブに恨みがあるわけではなかった。

それなのにイブに対して絶対に許せないという感情がみるみるうちに膨張していった。

人は感情があるから生きていられるんだ。

何の感情も持たないお前は生きている資格はない。

すでに死んでいるのと同じだからな。

そんな奴に他人の命を奪う権利はない。

お前の命は俺が終わりにしてやる。

俺の欲望に潰されろ。

イブはジリジリと俺に近づき、トドメ刺しにきている。

俺は足でイブの持っていた拳銃を蹴り上げ、反動をつけて起き上がるとイブの喉を左手で後ろから支え、右の拳を思いっきり叩き込んだ。

イブは拍子をつかれ、口から唾液と吐血が交じり合った液体を吐きながらもがき苦しんだ。

俺は落ちている拳銃をイブのこめかみに近づけるとためらいもなく引き金を引いた。

それは思っていた以上に簡単なものだった。

俺が発射した銃弾はまっすぐにイブの頭を貫通して、あっさりとその命を奪い去った。

人間は簡単に死ぬ。

初めて人を殺したにもかかわらず、俺の心は落ち着いていた。

俺は持っていた拳銃を上着で指紋をふき取り、イブに握らせ、自殺したように見せかけた。

俺は穴の開いた上着に視線を送った。

國無が用意してくれた防弾チョッキのおかげで助かった。

まさか、拳銃が実際に出てくるとは思っていなかったが、護身用に身に着けていて命拾いした。

俺は血を流し、路地に倒れているイブを残し、その場から立ち去った。

          4

 廃屋団地の秘密の部屋で凛一郎の初めての殺人を鑑賞していた國無由自は、画面に身を乗り出して唸り声を上げた。

ついに凛一郎は一線を越えた。

殺人マシンイブを射殺した。

それはあまりにもあっさりと決まった。

 國無はグラスの中に残っていたワインを一気に飲み干し、新しくグラスにワインをなみなみと注いだ。

國無は再びワインを一口飲み、口の周りをティッシュでふき取ると、笑みを浮かべながら画面に視線を戻した。

國無は今、満足していた。

 凛一郎がこれで完全な犯罪者の仲間入りを果たしたような気がした。

これで凛一郎は後戻りできなくなった。

罪人は必ず罪を償わなければならない。

凛一郎には一体どんな罰が待ち受けているのだろうか?

それを想像すると國無は身震いがした。

國無が頭の中で思い描いている妄想はやがて、近い将来現実に起こりえることなのだ。

 イブを射殺した俺は「ワールド」の中に足を踏み入れた。

さすがに防弾チョッキを着ていたとはいえ、実弾の衝撃は半端なものではなかった。

鋼鉄のボディーブローを喰らったのだ。

内臓に相当の衝撃を受けた。

もしかしたら、何本か骨がイっているかもしれない。

 俺は少し休みたかった。

ガスを送り込んだ店内なら奴らも入ってこないだろう。

もちろん口にはミニガスマスクを着けている。

しかし、鬼頭たちは外に飛び出した時、扉を開けっぱなしで出て行った為、ガスはほとんど抜けてしまっていた。

 真っ暗な店内は棚が全部左右に寄せられ、変わり果てた姿になっていた。

俺はそこで信じられないような光景を目にした。

まず入り口のすぐ近くに全裸のユカが無残な姿で倒れていた。

俺はユカがレイプされ、ガスによって意識を失っているだけだと思っていた。

しかし、近づいていくとそれがすぐに違うということに気づいた。

ユカは舌を切り取られ死んでいた。

おまけに歯も何本か抜かれている。

ユカの腹の上にはまだねばねばしたザーメンがたっぷりとかけられていた。

 そして、広く開けられたスペースの中央では裸にされた小学生の男の子が仰向けに倒れていた。

この子が誰なのか俺には分からなかったが、この地獄のような現場に裸にされた小学生が倒れていること事態、狂った状況を物語っていた。

唯一の救いはこの小学生がまだ生きていたということだ。

男の子はただ意識を失っているだけだった。

ただし、何者かによって何らかの猥褻行為を受けていることは間違いなかった。

その証拠に、この小学生の顔にも薄汚い精液がたっぷりとかけられていたのだ。

俺は手袋をはめた手で精液をふき取り、その子を抱きかかえカウンターの裏側にある元休憩室だった店の奥に運び、横に寝かせた。

今すぐこの子を連れてここから脱出するのは不可能だ。

全てが片付いたら安全な場所までこの子を運び出すつもりだ。

俺は元休憩室のカーテンを閉め、個室を確保した。

 俺は休憩室を出て再び外へ出ようとした時、AVコーナーの入り口近くの壁際にゴミのような塊があるのに気が付いた。

恐る恐る近づいてみると、床の上に転がっているのは変わり果てた小原の姿だった。

俺は急いでしゃがみこみ、小原の生死を確認した。

小原は生きていた。瀕死の状態だったがまだ微かに生きていた。

ガスによって意識は失っていたがまだ心臓は動き、呼吸もしている。

しかし、これは一刻を争う事態となった。

すぐにでも小原をここから連れ出し、病院へ運ばなければならない。

それは不可能に近いことだった。

まだ、鬼頭とその仲間たちは外で〝デザイア〟を捜している。

その包囲網を潜り抜け、病院に行くのは不可能だ。

俺は足元に横たわる虫の息の小原を見つめた。

やはり見殺しにはできない。

もうこれ以上俺の周りで人が死ぬのはごめんだ。

その時、俺はあるアイディアを思いついた。

俺は小原のズボンのポケットから携帯を取り出し、119番をプッシュした。

「ここに瀕死の状態のケガ人がいる。すぐ来てくれ。緊急事態だ。ここは三宿の交差点付近のレンタルビデオ店『ワールド』だ」

電話の向こうで女が何かを言っていたが、俺は無視して電話を切った。

続いて俺は小原の携帯で110番をプッシュした。

「大変だ。人が死んでる。ここは三宿の交差点付近のレンタルビデオ店『ワールド』だ」

そう言って俺は同じように電話を切った。

これは賭けだ。

救急車と警察が来るドサクサに紛れて鬼頭たちの包囲網を掻い潜る。

状況によって判断し、救急車に小原を任せるか、一緒に脱出するかはまだ決められないが、とにかくこの絶望的な状況をかき混ぜて切り抜けてみせる。

 警察と救急車が到着するまで早くても15分はかかる。

それまではここで身を休めよう。

俺がそう思った時、俺は後ろに気配を感じた。

まだ、この空間に誰かがいるのか?

俺がそう思って振り返ると、入り口のところにマルイケが立っていた。

「……こいつは驚きだ。あの子供を一緒に連れて行こうと思って戻ってみたら思わぬ獲物をみつけた」

そう言ってマルイケは入り口の扉を閉めた。

 マルイケは俺をジッと見つめている。

「おい、ここにいた小学生のガキはどうした?あいつは俺の獲物だ。誰にもわたさないぞ」

辺りを見回し、子供を探すその眼はイブとは違い薄汚いロリコンの汚らわしい欲望に溢れていた。

マルイケは元休憩室だったカーテンの奥へ視線を送り、近づいていった。

俺はマルイケの進行方向に立ちふさがり、奴の行く先を邪魔した。

「おい、邪魔するな。俺は子供にしか興味ないんだ。それが男だろうが女だろうが関係ない。汚れていない純粋な子供を犯すことが俺の生きがいなんだ。そこをどきやがれ」

「勘違いするな。別に子供なんてどうでもいい。ただお前の好きにはさせないということだ。俺はお前を殺したいと思ってるんだからな。なんだったら殺す前に犯してやろうか?」

マルイケの眼つきが変わった。

奴はここで俺を狩ろうとしている。

だが、のんびりしている時間はない。

さっきの電話がタイムリミットを作ってしまった。

のんびりとここでマルイケと戦っていれば、俺まで警察に捕まってしまう。

それにここで激しく争えば小原や小学生にまで危害が及ぶ恐れがある。

 俺が頭の中で考えをめぐらせている間にマルイケは猛突進して向かってきた。

俺は必死に身をかわしたが、予想以上に素早いマルイケに腕を掴まれてしまった。

「捕まえたぞ。俺は昔からすばしっこい子供を追いかけて捕まえてきたからな。お前を捕まえるなんて簡単だ」

俺はマルイケの言葉を無視して、マルイケの顔面を力いっぱい殴りつけた。

マルイケは吹っ飛びDVDが並んでいる棚に激突し、その衝撃で落ちてきた商品の下敷きになった。

たが、その一瞬の隙に奴は巧みな罠を仕掛けていた。

マルイケは俺の手首にヒモ状の拘束具をはめていたのだ。

俺は必死に拘束具を外そうとしたが、それは外れなかった。

「無駄だ。それはアメリカの警察が向こうの凶悪犯を逮捕する時に使う拘束具だ。手錠よりも簡単にはめられて、ナイフでも簡単には切れないぜ。俺はいつもそれを子供にはめて、自由を奪って遊んでいたんだ」

 マルイケはポケットからもう一つの拘束具を取り出した。

「さあ、今度は足だ」

あれを足にはめられたら完全にアウトだ。

俺は迫り来るマルイケから逃げ惑うだけで精一杯だった。

マルイケは狂ったように飛び掛ってきて、俺の足に拘束具をはめようとしている。

俺はマルイケの顔面を蹴り上げ、また距離を取った。

 それでもマルイケはゆっくりと起き上がり、首を振って意識を保つと、再び俺に襲い掛かろうと歩み寄ってきた。

このままじゃラチがあかない。

しかし、手首に拘束具をはめられた状態じゃ満足に攻撃することもできない。

早くしないと警察が突入してくる。

 俺の足に拘束具をかけることのできないと悟ったマルイケは作戦を変更したようだった。

マルイケは懐からナイフを抜き、俺に容赦なく襲い掛かってきた。

腕の自由を奪われた状態で、目の前から刃物を持った狂人が襲ってくるのは想像以上に怖いことだった。

マルイケのナイフが俺の肩や頬をかする度に、俺は自分の死を覚悟した。

俺はここで死ぬのか?

そんなことに気をとられていた時、俺は足を滑らせ、床に尻餅をついた。

絶好のチャンスとばかりにマルイケがナイフと拘束具を構えて飛び掛ってきた。

ヤバイ、やられる。

 しかし、マルイケはその場に立ち止まり、ふらふらと千鳥足で苦しみ始めた。

それはまるで酒に酔った酔っ払いのような状態だった。

マルイケはついにナイフとヒモ状の拘束具を手から離し、ガッツリと膝を床につけた。

その時、俺はハッとなった。

俺がはじめにエアコンに細工して仕掛けた睡眠ガスがそのまま出しっぱなしの状態になっていたのだ。

マルイケがやってきた時、扉を閉め密室にしたことでガスが充満し、マルイケは倒れたのだった。

俺はずっとガスマスクを着けた状態だった為、そのことをすっかりと忘れていた。

思わぬ儲けものだった。

 俺は転がっていたマルイケのナイフを拾い、倒れているマルイケを見つめた。

こいつはたぶん今までに何人もの子供たちを虐待し、犯して、猥褻行為を繰り返してきたに違いない。

ここで奴を殺しておいたほうが世の中の為なんじゃないか?

その時、俺は今目の前で倒れているマルイケと自分の姿を重ね合わせていた。

俺とこいつのどこに違いがある。

こいつは自分の欲望の為に他人を犠牲にして生きてきた男だ。

しかし、それは人間として当たり前のことだ。

こいつのやってきたことを認めるわけではないが、今ここでこいつを殺してもこいつは何の後悔もしないで勝ちのまま死ぬのだ。こいつには生きて自分のしてきた人生が本当に正しかったのかを問いただして苦しめたいと思った。

死ぬことは償いにはならない。

死よりも生きる方が遥かに過酷で辛いものだ。

俺はマルイケを殺すのをやめ、手首を締め付けている拘束具に切り込みを入れた。

しかし、マルイケが言っていた通り、拘束具はなかなか切れなかった。

さすがにアメリカの凶悪犯を拘束するだけのことはある。

俺が時間をかけて拘束具を切っていた時、外でパトカーのサイレンが聞こえてきた。

まずい、とにかくここから脱出だ。

俺は時間を稼ぐ為に扉に鍵を掛け、カーテンの中に元休憩室の奥にあるトイレへ向かった。

休憩室では小学生の男の子が俺が移動させた状態のまま眠っていた。

これで警察と救急車が来れば、小原と小学生は病院に運ばれるだろう。

ユカは……残念だが、今は放っておくしかない。

俺はもう一度床に倒れているマルイケの姿を見つめた。

マルイケには「ワールド」で起きた全ての罪を被ってもらおう。

 俺は手首を縛られたまま、トイレの天井の通気候から天井裏に出て、惨劇の現場から逃げ出した。

                                                 【続く】

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2007年2月 5日 (月)

デザイアと呼ばれた男     VOL 20

 こんにちは。D・二プルです。

 皆さん、暖冬の日々をどうお過ごしですか?

 【二プルおススメ映画】

  「悪魔を憐れむ歌

  殺人課の刑事ジョン・ホブズ(デンゼル・ワシントン)が逮捕した残虐な連続殺人犯が死刑に処せられた。その直前、彼はジョンに奇妙な言葉を残していた。「また会おうぜ。俺は、お前の元に戻ってくる」。立ち会ったホブズの前で、男は確かに絶命したはずだった。“Time is on my side・・・”と歌いながら。
 しかし、その直後から処刑された殺人犯と同じ手口と連続殺人事件が起きる・・・・。

  ローリング・ストーンズの名曲『Time is on my side』が印象的な作品。見終わってもまだ耳に残っていて、まさに”悪魔”に魅入られたように、しばらくこの曲を口ずさみながら歩く日が続いた。
 主演は実力派俳優、デンゼル・ワシントン。殺人課の刑事ジョンに扮し、犯行現場に遺された謎の言葉と、暗号めいた数字を手がかりに捜査を進める。人間から人間へと渡り歩く“悪魔”には通常の人間では到底歯が立たず、「オーメン」を見て感じたような絶望的な気持ちに陥る。その”悪魔”に対し、ジョンは秘策をもって最後の闘いを挑むが、それ以上に悪魔は巧妙だった。意外なラストは見モノ。
 最近、”悪魔”に取り憑かれたような犯罪が多発している。動機不明の殺人事件も起こってきている。普通の人間が残虐な手口で殺人を犯したというニュースに接すると、人に取り憑く”悪魔”の存在を信じたくなってくる。全編にわたり、得体の知れない”悪魔”の不気味さと怖さを感じさせてくれる作品である。

監督:グレゴリー・ホブリット
製作:チャールズ・ローベン/ドーン・スティール

出演:
デンゼル・ワシントン
ジョン・グッドマン
ドナルド・サザーランド

 それでは引き続き「デザイアと呼ばれた男」をお楽しみ下さい!

11

 自転車でマユミの家に向かう俺の携帯が突然鳴り響いた。

液晶画面を見ると電話の相手は國無だった。

「もしもし……」

「凛一郎、今どこにいる?」

「……いま、ちょっと外に出てるんだけど……」

「大変だ。マユミが鬼頭の仲間にさらわれたぞ」

「……さらわれた?あんたそれを黙って見てたのか?何で助けなかったんだ」

「オレの所にも鬼頭の仲間が襲ってきたんだ。それを撃退するのに時間がかかってマユミを助けられなかった。すまん。とにかく、お前は今すぐ『ワールド』に行け。奴ら、『ワールド』で〝デザイア〟を待ち伏せするつもりだ。いいか、一度家に戻り、完全に装備を整えて〝デザイア〟として行くんだ。奴らは本気でお前を殺そうとしている。それにマユミや他の奴らに正体がばれないように気をつけるんだ。オレもなるべく早く着くようにするからな」

そう言って國無は一方的に電話を切った。

 マユミが鬼頭の仲間にさらわれたって?

やはり予感が的中した。

マユミをさらった奴がどんな奴か知らないが、ヒデを見た限り危ない奴である可能性が高い。

 俺は慌てて自転車をUターンさせ、「ワールド」に引き返した。

 ユカは自宅のアパートで食事の後片付けをしていた。

ユカの息子スグルはリビングで大好きなテレビゲームをしていた。

 ユカは昼間「ワールド」で働き、帰ってきてから家事とスグルの世話を全て一人でこなしていた。

スグルは今年で10歳になり、だいぶ手が掛からなくなってきたとはいえ、まだまだ母親を必要とする年頃だった。

ユカはスグルにシングルマザーであることを感じさせないように精一杯愛情を注いでいた。

ユカにとってスグルはかけがえの無い最愛の宝だった。

 そんなユカでも女手一つでスグルを育てながら生活を支えていくのはとても大変だった。

それは並大抵の努力ではなかった。

ストレスも人並み以上に溜まった。

それでもユカは誰の力も借りずに生きていた。

 そんなユカにとって自由奔放に生きるマユミは気に入らない存在だった。

同い年にもかかわらず好きなミュージシャンの追っかけをして、すき放題酒を飲み、男と乱闘騒ぎを起こすような女を許すことができなかった。

そのくせ、妙に男を引き付けるところがあり、マユミの顔を見るとユカはイライラした。

「ワールド」でマユミと一緒のシフトに入っている時、ユカは絶対に顔には出さなかったが、心の中ではハラワタが煮えくり返るほど、マユミに苛立ちを感じていた。

それでも「ワールド」内での仕事は互角で、いくらプライベートが乱れているとはいえ、ユカにはマユミを批判することはできなかった。

ユカは心の奥底でいつかマユミをめちゃくちゃにしたいと思っていた。

 もちろんユカはマユミの過去を知らなかった。

マユミの恋人が殺されたことや、レイプされたことなどユカは知る由もなかった。

もし、ユカがマユミの過去を知っていれば事態は変わっていたかもしれなかった。

 

 ピンポーン。

突然、アパートのインターホンが鳴った。

「ママー、誰か来たよー」

スグルはTV画面から視線をそらさずに叫んだ。

こんな時間に訪れる来客は珍しかった。

ユカは洗い物をしていた手を止め、玄関に小走りで近づいて行った。

「はーい、どちら様ですか」

「お届け物です」

ユカが覗き穴から見ると、ドアの前に大きなダンボールを抱えた男が立っていた。

ダンボールで顔は見えなかったが、持っていた荷物のせいもあってユカはドアの鍵を開けた。
するとダンボールを持った男はつかつかと玄関から室内に上がりこんできた。

「……ちょっとあなた、何なんですか?」

ユカはそう言って男の後を追いかけて部屋の奥へ進んで行った。

男は確かに宅急便の配達員の格好をしていたが、その行動は明らかに異常だった。

男はスグルの前にダンボールを置くと「あけてごらん」と甘い声で囁き、再び玄関のほうへ早足で歩いていった。

男はユカを通り越し、玄関の鍵を掛けると、再びリビングに戻ってきた。

男の顔は笑っていたが、ユカをリビングに手で押しやり、逃げ道を塞いだ。

突然の異常な事態にユカはどうすることもできなかった。

スグルはわけも分からずうれしそうにダンボールの包み紙を開けている。

 そんなスグルの姿を男はジッと見つめていた。

ユカはその男の視線を見逃さなかった。

スグルを見つめる男の眼は明らかに異常だった。

ユカはその恐怖で声を出すことも動くこともできなかった。

スグルがダンボールを開けると中からは巨大な熊のぬいぐるみが出てきた。

「うわー、すごい、すごい」

スグルはユカの気持ちなど知らずに目の前のプレゼントにはしゃいでいる。

男はそんなスグルの頭をニタニタしながら撫でた。

「ねえ、おじさん誰なの?何でこんなプレゼントくれるの?」

「僕はマルイケ。夢の国から君を迎えに来たんだよ。さあ、一緒に遊ぼうよ」

そう言ってマルイケはスグルに棒つきのキャンディーを差し出した。

「わぁ、ありがと」

スグルはマルイケからキャンディーを受け取り、すぐに包み紙を剥がし、口の中に入れた。

キャンディーでスグルの口を塞いだマルイケは初めてユカに視線を向けた。

「お母さん、あなたに聞きたいことがあるんだ。正直に答えてね。〝デザイア〟がどこにいるか知ってる?」

「……〝デザイア〟?何それ?」

「僕は今〝デザイア〟って男を捜してるんだ。あなたはその男を知ってるんじゃないかな?知ってたら教えて欲しいんだ。〝デザイア〟はどこにいる?」

「……知らないわ」

「あっそう。やっぱりそうか……」

マルイケはユカの答えにまるで興味がなさそうに呟いた。

「初めからあんたが知ってる可能性は低かったんだよね。別にあんたが嘘つく理由も無いしね。まあ、あんたを選んだのは別の理由だったんだけど……」

そう言いながらマルイケはスグルに視線を送った。

マルイケの視線に釣られユカもスグルに視線を向けた。

すると今までキャンディーを嘗めていたはずのスグルはいつの間にか意識を失い床に倒れていた。

「スグル……」

「大丈夫、眠ってるだけだよ」

マルイケは初めから分かっていたように落ち着いた態度で言うと、巨大な熊のぬいぐるみのジッパーを開け、中から綿を抜き始めた。

マルイケは慣れた手つきで全ての綿を抜き取ると、その場に倒れているスグルを抱きかかえ、ぬいぐるみの中に詰め込んだ。

「……ちょっと何するの!」

マルイケの異常な行動にユカは殺到する。

「どうやら、あんたも〝デザイア〟の情報を知らないようだし、僕は自分の趣味を楽しませてもらうわ」

そう言ってマルイケはスグルの入った熊のぬいぐるみを今度はダンボールにしまいこんだ。

「ちょっと、息子を返して」

必死にダンボールにしがみつこうとするユカをマルイケは裏拳で殴り倒した。

「邪魔するな。僕は女には興味ないんだ。僕が愛するのは子供たちだけさ」

マルイケはそう言って淡々と作業を続けた。

 マルイケは児童性愛の性癖を持っていた。

これまで何人もの幼い子供たちを欲望のままに弄び、なぶり殺しにしてきた。

〝ネバーランド〟と名づけた自宅に何人もの小学生を監禁していた。

マルイケにとっては3歳から12歳までの子供だけが性の対象だった。

それでもユカはスグルを取り返そうとマルイケに立ちはだかった。

マルイケは面倒くさそうにユカを殴り付け、倒れたユカの顔を踏みつけた。

「あんまり邪魔してると殺すよ。この子は僕が貰うって決めたんだから」

その一言でそれまでユカを支配していた恐怖はどこかに消え去った。

そして、ユカの脳裏に一つの考えが浮かんだ。

ユカは口から血を流しながらゆっくりと立ち上がった。

「せっかちね。それにあなた全然分かってないわ。あんたが捜してるって〝デザイア〟は女よ」

「……何だって」

マルイケは初めて手を止めユカに興味を持った。

「私は〝デザイア〟の正体を知ってるわ。でも、その子に手を出したら私は殺されたって〝デザイア〟のことを話さないわ。その代わり、その子を見逃してくれたら私が知ってる〝デザイア〟の情報を全部教えてあげるわ」

「……」

 もちろんユカが言っていることは真っ赤な嘘だった。

ユカが〝デザイア〟の情報など知るはずも無かった。

それでも息子を想う母親の気持ちと日ごろ胸の奥に秘めたユカの欲望が一つとなり、その言葉にリアリティーを持たせマルイケを信じさせた。

「それは本当だろうな。口先だけの嘘だったらお前の目の前で子供を殺すぞ」

「いいわ。〝デザイア〟の正体は私と同じバイト先で働く女よ。今から一緒にその女の元へ行きましょ」

 ユカは本能でしゃべっていた。

ユカが言っている女とはマユミのことだった。

ユカはスグルを助ける為にマユミを犠牲にしようと心に決めた。

とにかくスグルをマルイケから引き離したかった。

スグルを家に残し、マルイケと共にマユミの所へ向かい、無理やりマユミを〝デザイア〟に仕立て上げようとしていた。

そこでマユミが否定しても必ずチャンスが生まれるとユカは考えていた。

この場で何もしなければ事態は最悪のままだった。一瞬でもマルイケからスグルを離せばその間にスグルの安全を確保できると確信していた。

「ただ、その女の住所を確認する為に一回バイト先のビデオ屋に寄って。それで〝デザイア〟の元へ案内してあげる。ただしスグルはここに置いていくわ。それでいい?」

「駄目だ。こいつも一緒に連れて行く。お前が嘘をついていたらその場でコイツを殺す」

そう言ってマルイケはスグルが入ったダンボールを抱え上げ、玄関に向かった。

ユカもマルイケに着いていった。

今はマルイケに従うしかなかった。

外に出ればチャンスは生まれる。

ユカは一筋の光に希望を賭け、マルイケの車に乗り込んだ。

12

                                     

 246沿いの歩道をスーツ姿のミシマは早足で歩いていた。

打ち合わせが長引いてすっかり遅くなってしまった。

 ミシマにとって「ワールド」のバイトは特別なものだった。

小原が店長になるずっと前、ミシマは親友の頼みで「ワールド」のバイトを始めた。

その親友は「ワールド」の創立者で一緒に理想のレンタルビデオ店を作ろうと誓った男だった。

しかし、その親友は交通事故で死んでしまった。

その親友の意思を継ぎ、今でも「ワールド」でのバイトを続けていた。

 元々ミシマはエリートプログラマーで今では自分の会社を経営していた。

ミシマは経済的にもバイトをする必要はなかったが、それでも「ワールド」を辞めようとは思わなかった。

ミシマにとって「ワールド」は親友が残した形見のような存在だったからだ。

 早足で歩きながらミシマは腕時計を見つめた。

すでに一時間ぐらい遅刻している。

小原には電話も入れ、事情を説明したがはやり申し訳ないと思っていた。

そうだ、今日は半額キャンペーンの日だ。

突然思い出したミシマは自動販売機の前で立ち止まった。

小原に缶コーヒーでも買っていってやるか。

 その時、ミシマは背後に気配を感じた。

ミシマが振り返るとそこにはスーツ姿のひょろっとした男が立っていた。

色黒でロングヘアーの髪を後ろで留めて体格のいいミシマに比べると、その男は善良なサラリーマンという印象だった。

「あの、突然すみません。私エナリと申しますが『ワールド』のミシマさんですよね」

「……ええ、そうですが、何か?」

ミシマはこのエナリという男にまったく見覚えがなかった。

しかし、向こうは自分のことを知っているように話しかけてくる。

「ワールド」の客かと思ったが、それにしてもこの男にはどこか得体の知れない不気味さが漂っていた。

思い過ごしかもしれないが、突然夜道で知らない人間に声を掛けられるのはあまり気持ちのいいものではなかった。

「ちょっとあなたにお聞きしたいことがあるんですが〝デザイア〟という者をご存知ですか?」

「……でざいあ?何ですかそれは?ちょっと心当たりありませんが」

するとエナリは思い出したようにポケットからチラシのようなものを取り出した。

それは以前「ワールド」に置いてあった見覚えのあるものだった。

「私達は今この男を捜しているんですよ。ミシマさん、ご存知ありませんか?」

「いや、わかりませんね。あの、私ちょっと急ぎますので……」

ミシマが立ち去ろうとすると、エナリは突然、ミシマのスーツの袖を掴み、動きを止めた。

「急ぐ必要はありませんよ。今日はもう『ワールド』は営業していませんから。バイトの必要はありませんよ」

「何だって。どういうことだ?」

「グダグダ言ってないでさっさと質問に答えろ。〝デザイア〟の知ってる情報を全部吐くんだ」

 エナリは突然、口調と表情を一変させ、ミシマに迫ってきた。

その瞬間、ミシマはエナリの顔面を殴りつけた。

 学生時代からミシマは喧嘩に明け暮れ、数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきた。

そんなミシマの本能がエナリの変貌ぶりに危機を感じ、手を出させたのだった。

基本的に喧嘩は先手必勝だ。

初めに一発いいのを決めてしまえば漫画や映画のように反撃してくることはまずありあない。

相手の戦意を喪失させてしまえば勝ちなのだ。

 ミシマは長年のやんちゃをしてきた勘でエナリに強烈な一発をおみまいした。

 エナリは左手でミシマに殴られて出た鼻血を押さえていたが、右手はミシマのスーツの袖を掴んだままだった。

「おい、いい加減手を離せよ」

「お前の力で離させてみろよ。あんなへなちょこパンチじゃお話にならないがな。このロンゲ野郎」

エナリのあざけるような挑発にミシマはキレた。

 ミシマはエナリの胸倉を掴み、細い路地裏に押し込んだ。

そこで民家の塀にエナリを叩きつけ、何発も殴り続けた。

パンチの合間に肘鉄や膝蹴りも喰らわせた。

「どうだ、この野郎。調子に乗ってんじゃねーぞ」

ミシマは息を切らせながら怒鳴り散らした。

 それでもエナリは右手を袖から離していなかった。

そればかりかエナリは不適な笑みを浮かべ、半分目蓋が塞がった眼でミシマを見つめながら言った。

「き、気持ちいい。あんたいいよ。最近じゃ、他人に暴力も与えられない軟弱な奴が増えて困ってたんだ。なかなか俺に痛みを与えられる奴が少なくてさ。さあ、もっと殴れよ。骨を折ったていい。殺す気でかかって来いよ。そんなんじゃ俺はまだまだイカないぜ」

ミシマがふと見るとエナリの股間は膨らみ、明らかに勃起しているのが分かった。

「……この変態野郎が」

ミシマはエナリの股間を思いっきり蹴り上げた。

エナリは一瞬飛び上がるほど悶絶したが、それでも身体をねじりながら悶え、手は離さなかった。

「……こいつ、狂ってやがる」

ミシマがそう呟いた時、エナリが口から血を流しながら言った。

「それが、お前の限界か?ゲームも終了だな」

 エナリは突然、左手でスーツのポケットからナイフを取り出すと、ミシマの太ももに突き刺した。

ミシマの太ももからは血があふれ出し、ミシマはガックリと地面に膝を着いた。

「どうだ、刺された気分は?攻めるばかりじゃ疲れるだろう。攻守交代だ」

「……てめえ、何が目的か知らないが、人を刺してただで済むと思うなよ」

「そんなことどうでもいいよ。俺は痛みを与えられることにしか興味ないんだよ。与える方はあまり得意じゃないしな。お前が俺を殴りだした時はお前が〝デザイア〟かとも思ったがどうやら違うみたいだな。これでお前に用はなくなったわけだ」

そう言うとエナリは、それまでずっと離さなかった右手を袖から離し、ポケットから特殊な器具を取り出すと、一番近くにあったマンホールにその器具を差し込み、蓋を外した。

「これでも俺は社会的な立場もあるからな。お前の死体がすぐ出てくるとまずいんだよ」

エナリは独り言のように呟くと再びミシマに近づいて行った。

ミシマは近づいてくるエナリに恐怖を感じた。

エナリはミシマの前で立ち止まると冷たい視線で見下ろしながら言った。

「悲しむ必要はないぞ。たぶん他の『ワールド』の連中もあっちにいるから。ま、仲良くやってくれ。じゃあ、バイバイ」

 エナリは笑顔でミシマの心臓をナイフで一突きにした。

そして、すばやくナイフを抜き取り、ミシマの喉元を掻っ切った。

大量の血がその場に飛び散り、エナリも返り血を浴びた。

エナリは血だらけのミシマを担ぎ上げると口の開いたマンホールからミシマを投げ込んだ。

ボッチャーンという下水に落ちる音を聞き、エナリは器具を使い、マンホールの蓋を閉めた。

 その時、ポツポツと雨が降り出してきた。

その雨はエナリの体についた返り血を洗い流してくれるようだった。

エナリは両手を広げ、雨をシャワーのように全身で浴びた。

 その時、エナリの携帯が鳴った。

電話は鬼頭からだった。

「もしもし」

「エナリ、すぐ『ワールド』に来てくれ。匿名の情報が入った。〝デザイア〟本人が現れるそうだ。だが、罠かもしれん。全員で迎え撃ちたいがなかなか全員と繋がらなくてな。とにかく急いで来てくれ」

そう言って鬼頭は電話を切った。

エナリは傘もささず、ずぶ濡れのまま「ワールド」に向かって歩き出した。

エナリの体に飛び散ったミシマの返り血が少しずつ雨で洗い流されていった。

                                                               【続く】

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2007年1月31日 (水)

デザイアと呼ばれた男     VOL 19

          9

 俺は世田谷公園内の坂道を自転車で登っていた。

後ろを振り返るとヒデの姿はない。

そこには闇が広がっているだけだった。

どうやら撒いたようだ。

しかし、油断はできない。

 ヒデは鬼頭の仲間だということが明らかになった。

恐らく鬼頭が〝デザイア〟を捜し出す為に差し向けた刺客だろう。

ヒデが俺のことを〝デザイア〟とめぼしをつけたのは、「ワールド」から出てくる俺を見て勝手に思い込んだに過ぎない。

恐らく鬼頭は〝デザイア〟を捜す手がかりとして「ワールド」の従業員の情報を仲間たちに流したに違いない。

ということは、マユミや他のみんなにも鬼頭の仲間の魔の手が伸びるかもしれないということを予感させた。

 俺は行方不明になっていたアカイやバイト時間を過ぎても出勤してこないノジリのことを思い出した。

もしかしたらあいつらの元にも鬼頭の仲間がやってきたかもしれない。

俺はマユミの安否が気になり、携帯を取り出し、マユミに電話を掛けた。

俺は自転車にまたがったまま耳元の呼び出し音を聞いていた。

「はい、もしもし……」

俺はマユミのいつも通りの声を聞いて安心した。

「あ、いや、何か急に声が聞きたくなっちゃってさ……」

「……変なの」

その時、携帯を持っていた右手がフッと軽くなった。

俺の視線の先には携帯を奪い取ったヒデが不適な笑みを浮かべながら立っていた。

「このやろう。返しやがれ」

俺の言葉を聞くとヒデは条件反射のように携帯の電源を切った。

「これを返してほしかったら着いて来い」

そう言うとヒデは携帯を持ったまま丘へ続く階段を駆け上がって行った。

俺はすぐにヒデの後を追わず、冷静に考えてみた。

このまま携帯を捨てて逃げてしまおうか?

ヒデは鬼頭の仲間だし、かかわらない方が身のためだ。

だめだ。

あの携帯の中にはマユミや國無からのメールが残っている。

ヒデはあの通りバカだが、鬼頭にあれが渡れば〝デザイア〟の正体がばれる恐れがある。

仕方ない、行くか。

俺は自転車を停め、夜の丘へ続く階段を上って行った。

 丘の上に着くとそこにヒデの姿は無かった。

小さな外灯の明かりが点いていたがそれ以外は闇に包まれていた。

丘の頂上は見晴台になっていて、周りは植え込みで囲まれている。

 俺は警戒しながら、ゆっくりと歩いていた。

丘の裏側にも階段があり、反対からも降りられるようになっている。

ヒデはここから下に降りたのだろうか?

反対側の階段以外にも植え込みの中に入れば下に降りることも身を隠すこともできる。

ヒデは確実に俺の様子を伺いながら攻撃のチャンスを狙っているに違いない。

俺は耳を研ぎ澄ませ集中した。

闇の中を風に揺れた木々の音や虫や小動物の鳴き声が聞こえてくる。

俺はこんな時に暗視ゴーグルがあればどんなに楽かと思った。

〝デザイア〟に変身することは姿を変えるだけではなく、確実に戦闘能力を上げることを意味していた。

その変身用具を俺はまったく持っていなかった。

もちろん普段から〝デザイア変身セット〟を持ち歩いてはいなかった。

うかつに持ち歩けばそれだけ正体がばれる恐れがある。

「ワールド」に行く時はなおさら気をつけなければならなかった。

 それでも、今は國無が与えてくれたあの道具がどれほど頼りになるか身をもって分かった。

今、この場で頼れるのは自分の力だけだ。

あらゆる状況を考えろ。

自分の選択一つで運命が決まる。

これは紛れも無く命を賭けた真剣勝負だった。

 その時、ガサッという音がして植え込みの中から何かが飛んできた。

俺は音がした方を見たがヒデの姿はなかった。

 俺は足元に転がっている今飛んできた物体に顔を近づけて見てみた。

「うわぁぁぁ」

俺は思わず叫び、後ずさりしてしまった。

俺の足元に転がっていたのは血まみれになった猫の死骸だった。

俺に恐怖を与える為にヒデが野良猫を殺し、投げつけたのだ。

間髪入れずに今度は木の上から鳩の死骸が降ってきた。

俺がギョッとなって身をかわした瞬間、どこからともなくヒデが猛スピードで突進してきて、俺の腹を殴りつけ、再び闇の中に消えていった。

その動きはすでに人間の速さではなかった。

まるで野生動物を相手にしているような感じだった。

「どうだ。すごいだろう。俺は子供の頃からここで遊びまわっていたからお前が適うはずないんだ」

どこからともなくヒデの声が鳴り響いたかと思うと、再びヒデは姿を現し、俺に攻撃してきた。

攻撃しては身を潜め、言葉や動物の死骸で威嚇してはまた攻撃して姿を消す。

俺はヒデのペースにはまり、好きなように弄ばれるように徐々に命をそぎ落とされていた。

「おい、何で俺を攻撃するんだ。俺は鬼頭の友達だって言っただろう。俺とお前は仲間じゃないか」

俺は何とか形勢を逆転しようとハッタリをかました。

「黙れ。俺はお前が嫌いだ。鬼頭の友達だろうが俺の友達じゃない。だから関係ないんだ。お前を殺して〝デザイア〟としてみんなに俺のすごさを証明するんだ」

ヒデは完全に狂っている。

 またしてもヒデが猛スピードで攻撃してきたが、今度はさっきまでとは違っていた。

ヒデはナイフを持って俺に切りかかってきたのだ。

ナイフは俺の左肩の下を切り裂いた。

ヒデはそれでも堂々と姿を見せることはなく、闇の中に身を潜め、肉食動物が獲物を狙うようにジリジリと詰め寄ってくるスタイルを崩さなかった。

悲鳴のような動物の鳴き声がしたと思うと今度はカラスの死骸が俺の足元に投げつけられてきた。

「どうだ、怖いか?俺は死体を見るとムラムラするんだ。生き物が死ぬ瞬間に最高の快感が得られるんだ。死体にザーメンをかけるのが最高さ。だけど今は我慢してるんだ。お前の死体にたっぷりかけてやる為にさ」

俺はヒデの言葉に恐怖を感じた。

ヒデの言葉がたんなるハッタリや脅し文句でないことが分かったからだ。

恐らくヒデはこれまでに殺人を犯したことがあるだろう。

それはまだ俺が体験したことのない未知のゾーンだった。

人を殺した経験を持つ人間は一般の人間とは別種類だと思う。

その一線を越えてしまったら人間ではなくなってしまうような気がした。

俺がヒデに感じたこれまで出会った敵とまったく違った違和感を持ったのは恐らくそのせいだろう。

ヒデは俺とは別次元の生き物だ。

そんな奴を相手にできるはずがない。

そんなことを考えている間にもヒデは俺のわき腹と太ももを切り裂いていった。

 俺はここで死ぬのか?

……嫌だ。

俺はまだ何も手に入れてない。

マユミと付き合いだしたといっても、まだ何も手にしていない。

まだまだ満足していない。

俺はレイプ以外のセックスでイッたことがない。

そんな状態で死ぬことができるか。

俺にはまだまだ遣り残したことがたくさんある。

それを手に入れるまでは死ぬわけにはいかない。

例え相手が殺人鬼であったとしても関係ない。

あいつは死体を見て絶頂すると言うが俺は絶頂することができない。

その怒りが俺に生きる希望をみなぎらせた。

 俺は國無由自の言葉を思い出した。

「命を賭けたギリギリの駆け引きの中で勝利するのは欲望の大きさで決まる。より多くの絶望を知り、尚且つ巨大な欲望を見出せる者が勝つ」

俺はまだイッてない。

こんなところで死ぬわけにはいかない。

 その時、奇跡が起こった。

闇の中で突然「ラストスマイル」のメロディーが聞こえてきたのだ。

それは俺の携帯の着メロだった。

ヒデは俺の携帯を奪い取った。

それは俺をおびき寄せる為にとった行動だったが、それが逆にアダとなったのだ。

しかも「ラストスマイル」はマユミからの着信にだけ鳴るようにセットされていた。

マユミが俺にチャンスをくれたのだ。

俺は「ラストスマイル」の鳴る方に猛スピードで突進して行った。

ヒデは突然の着信に驚き、音の消し方が分からなかったようであたふたと戸惑っていた。

そして、ヒデが突進してきた俺に気づいた時は既に遅かった。

俺は茂みの中に身を隠すヒデに飛び蹴りを喰らわせると、今までの借りを返すよう一気に殴り続けた。

ヒデは茂みの中にナイフを落とし、それに気をとられまったく反撃出来なかった。

ヒデは俺に顎を蹴られ、意識を失った。

極限状態を超えた俺はそれでも攻撃を止めなかった。

倒れているヒデの顔面を何度も足でおもいっきり踏みつけ、服を毟り取り裸にすると、ヒデのアナルに自分のペニスを突っ込んだ。

俺の中で、何かが切れていた。

未だにセックスでイッたことのない怒りを俺は全てヒデにぶちまけた。

俺は激しく腰を動かし、突いて突いて突きまくった。

ヒデは白目をむき、口から泡を吐いていた。

俺はイク寸前にペニスを抜き、ヒデの顔面にザーメンをたっぷりとかけてやった。

「どうだ、俺の勝ちだ」

そう言うと俺はヒデの横に落ちていた携帯を拾い上げた。

携帯は泥で汚れていたが壊れていなかった。

液晶画面には「不在着信 マユミ」の文字が映し出されていた。

俺はマユミに心から感謝し、丘の上のベンチに腰を下ろし電話を掛けた。

10

 俺の耳元で携帯の呼び出し音が鳴り続けていた。

しかし、いつまで経ってもマユミは電話を取らなかった。

たった数分前に掛けてくれたのにどうしたんだ?

これがただのすれ違いなのか、それともマユミの身に何かあったのか?

俺はマユミに「今、どこにいる?」というメールを出した後、もう一度電話を掛けたが、やはり繋がることはなかった。

 俺はマユミのことが心配で堪らなかった。

今日は何かがおかしい。

いつもと違う違和感が支配している。

 ヒデのように鬼頭の仲間が何人いるのか知らないが、マユミにも被害が及ぶ可能性がある。

 携帯の液晶画面は21時36分を刻んでいる。

今の時間なら家にいる可能性が高いかもしれない。

 俺はマユミの家に向かおうとして、倒れているヒデに目を向けた。

ヒデから情報を聞き出そうとも考えたが、ヒデの性格上、聞き出すのに時間がかかりそうだし、素直に話すとは思えない。

それならこれ以上、鬼頭の仲間を野放しにしておく理由はなかった。

予想される危険は早いうちに根絶やしにしておいたほうがいい。

俺は110番をプッシュした。

「もしもし、世田谷公園の丘の上で下半身をまるだしにした変質者が動物を殺して暴れています。すぐ来てください」

そう言って俺は携帯を切った。

これでヒデはブタ箱行きだ。

俺は一気に石段を駆け下り、自転車にまたがるとマユミの家に向かった。

 その頃、マユミは行きつけのバーで一人で飲んでいた。

マユミの前には飲みかけのテキーラのグラスがあった。

マユミは一気に残っていたテキーラを飲み干すと、バーテンに同じものを注文した。

バーテンはすぐに新しいテキーラをマユミの前に差し出した。

これで今日3倍目のテキーラだった。

 マユミは最近ずっと凛一郎との関係について悩んでいた。

凛一郎と付き合い始めてマユミの気持ちは徐々に大きくなっていった。

しかし、それに伴い凛一郎が自分とのセックスで絶頂しないことにマユミは不安を感じていた。

凛一郎が絶頂しないのは自分に魅力が無いからだとマユミは思っていた。

そうでなければ二人の〝性の不一致〟はこれから将来を築いていく関係を作るうえで致命的な問題だと思っていた。

何とか二人でこの問題を解決したいと思っていたが、どうすればいいのか分からなかった。

 マユミは数分前に掛けた電話に凛一郎が出なかったことに苛立ちを感じていた。

それ以来、マユミは自分の携帯をマナーモードにして鞄の奥に突っ込んでいた為、凛一郎からの着信にも気づかなかった。

マユミはこのまま凛一郎との関係がうやむやになり、気持ちが離れてしまうことを恐れていた。

そして、心の片隅にはいまだに謎の男〝デザイア〟への想いも消えていなかった。

そして、死んだ元彼 マサキのこともいまだに忘れることはできなかった。

身近にいてやさしくしてくれる凛一郎のことは確かに好きだったが、〝デザイア〟やマサキに感じたドキドキ感が凛一郎には欠けているように思えた。

あの胸の高鳴りをマユミは凛一郎に求めていた。

 それと同時にマユミはとても不安だった。

父が突然自殺し、心が不安定だった。

そんな気持ちを誰かに包み込んでもらいたかった。

それを望むには、凛一郎は精神的にあまりにも幼すぎた。

マユミは無意識のうちにもっと年上の大人の男を必要としていた。

 マユミがふと気が付くと、カウンターの隣の席にスーツ姿の中年の男が座っていた。

中年の男は一人で独特の渋みをかもし出しながら、グラスの中のウイスキーを飲み、タバコを吹かしていた。

「……カッコいい」

マユミは無意識に呟いていた。

「飲みすぎだよお嬢さん。何杯目だい?」

中年の男は冗談めかしく言った。

「まだ三倍目。大丈夫、全然酔ってないから」

「すいません、チェイサーを一つ」

中年の男はバーテンに言って出てきたチェイサーをマユミに差し出した。

「一杯おごるよ」

マユミは笑いながら水を一口飲み、中年の男に話しかけた。

「おじさんおもしろいね。何て名前のおじさん?」

「城 敏明です。ここらじゃ〝遊び人のジョー〟で通ってるんだよ」

「遊び人?そうは見えないけどね。ジョーはどんな遊びするのかな?」

「……そうだな、旅をして詩を書くのが好きだな。僕は旅人で詩人なんだ」

「あははは。何それおかしい。相当やられちゃってるね。ねえ、何か言ってみてよ。ジョーの詩聞いてみたいな」

「今度二人っきりの時にね。僕は人前では詩は語らないんだ。これでもすごくシャイでね。今まで書いた詩だったら今度見せてあげてもいいけどね」

「ねえ、今まで書いた詩ってどこにあるの?ジョーのうち?」

「秘密の隠れ家に展示してあるんだ」

「今からそこに連れてってよ。ジョーの詩が見たいの」

「……やれやれ、困ったもんだな。よし、じゃあ、ちょっとだけだよ」

「うん、ありがと」

ジョーはマユミの分も一緒に会計を済ませ、二人はバーを後にした。

 「ここだよ」

ジョーの隠れ家は高級住宅街の一角にあった。

 マユミはジョーに続いて地下へ続く階段を下りていった。

マユミはまったく気にしていなかったがここは携帯の電波も遮断されていた。

物々しい分厚い扉の奥には、巨大なベッドが中央に置かれた寝室になっていた。

そして壁にはジョーが書いた詩が一面に貼られていた。

 マユミは壁に駆け寄り、ジョーが書いた詩を見つめていた。

ジョーはその後ろからシャンパンの入ったグラスを持って近づいた。

「詩人って本当だったんだね」

「そうさ。僕は君に嘘はつかないよ」

ジョーはマユミにグラスを手渡した。

「さあ、君をここに招待したからには僕の最新作の詩を直に披露しよう。それは口にするにはあまりにも卑猥な物語だ。ただし、これは誰にでも聞かせることのできるものではない。限られた一部の者だけが聞くことを許された禁断の果実なのだ」

マユミは微笑みながらグラスに入ったシャンパンに口をつけながら聞いていた。

「そこは薄暗い牢獄の中、無実の罪で囚われた可憐な一厘の赤いバラ。そのまだ開いていない蕾を無理やりこじ開けようとする罪深き看守の太い指が今、まさに迫ろうとしている。

バラは全てを理解した上で看守にその身を任せた……」

 そう囁くとジョーはマユミの唇にしっとキスした。

マユミはまったく抵抗することなく、ジョーを受け入れるように目を閉じた。

「……看守はバラの蕾を一枚一枚剥がしていった。しかし、気が付きと看守の手は真っ赤に染まっていた。バラは自らの意思とは関係なく、その研ぎ澄まされたトゲによって看守を傷つけていたのだ……」

 ジョーはマユミの服を一枚一枚脱がしていった。

マユミは魔法にかかったようにジョーにその身を任せていた。

バーを出た時点でマユミはいまある光景を頭の中で描いていた。

バーでジョーと出会った時、ジョーに抱かれてもいいと思った。

凛一郎との満たされない欲望を大人の男の魅力で包み込んで欲しかった。

凛一郎が途中で止めてしまうせいもあり、マユミは凛一郎とのセックスでまだ絶頂したことがなかったのだ。

そればかりか、いつも蛇の生殺しのようなやり場の無い欲求不満の状態が続いていた。

 ジョーはマユミの首すじにキスしながら、乳房を揉み解した。

ジョーの指先はまるで蛇のようにマユミの火照った身体を這いずり回り、快楽を与えた。

ここまでの流れはまさにマユミが思い描いていた通りの展開だった。

しかし、突然手を止めたジョーはマユミの予想していなかった行動に出たのだった。

 ジョーは壁に掛かっていた鞭を手に取り、マユミの白い肌を打ちつけた。

あまりの激痛にマユミは叫び声を上げた。

マユミの白い背中はみるみるうちに蚯蚓腫れになり、赤く染まっていった。

それでもジョーは手を休めることなくマユミの背中を鞭で打ち続けた。

マユミは泣きながら「やめて」と懇願したが、マユミのそんな表情を見てジョーはますます欲情し、力強く鞭を打ち続けた。

 しばらくするとジョーは手を止め、持っていた鞭をマユミに手渡してきた。

「さあ、これで私を打つんだ。僕も君と同じ痛みを味わいたい」

「……できないよ」

「できるさ。さあ、思いっきり打つんだ。そうすれば〝デザイア〟に会えるかもしれないぞ」

「え?」

 ジョーの口から出た〝デザイア〟という言葉にマユミは驚いた。

 ジョーはマユミのその表情の変化を見逃さなかった。

「さあ、思いっきり打つんだ。そして、〝デザイア〟を呼び寄せよう」

 ジョーの言葉に後押しされるようにマユミは鞭でジョーの背中を打った。

鞭は唸りを上げジョーの背中に喰らいついた。

その今まで味わったことのなかった感覚にマユミは驚きを隠せなかった。

「さあ、もっと打つんだ」

マユミは何度も何度もジョーの背中を鞭で打ち続けた。

「いいぞ。もっとだ。もっと打て!」

ジョーはマユミを駆り立てるように叫び続けた。

いつの間にかジョーの股間は破裂寸前まで膨れ上がっていた。

ジョーは鞭を振りかざしていたマユミを再びベッドに押し倒し、うつ伏せの状態にした。

そして、マユミのアナルにギンギンに膨れ上がったペニスを挿入しようとした。

「待って。後ろは嫌。前から入れて……」

「いいじゃないか。ここまできたらもう普通の仕方じゃつまらない。全てを僕に任せるんだ。未知の扉を開こう。二人で快楽の果てに行こう」

そう言って、ジョーはマユミのアナルにペニスを挿入した。

「……ああ」

マユミは高々に声を上げた。

ジョーはパンパンと音を立てながら、激しくピストンし、絶頂した。

ジョーが絶頂する直前にマユミも絶頂していた。

それは久しぶりに味わった快感だった。

 マユミはベッドの上で息を乱しながらしばらく動くことができずにいた。

そんなマユミの横でジョーはもぞもぞと動いていた。

マユミが横目でジョーを見ると、ジョーは液体の入った注射器を手に持ち、今にも自分に打ち込もうとしていた。

「……待って。何するの?」

「いいから、黙って。悪いようにはしないよ。君の心の奥が見たいだけさ。一緒に〝デザイア〟に会いに行こう」

ジョーが手にしていたのは自白剤だった。

ジョーは始めからマユミに目を付け、〝デザイア〟の情報を聞き出すためにここに連れ込んだのだった。

今までのSMプレイはただのおまけのようなものだった。

「……薬は嫌。お願い、やめて……」

「大丈夫。安心して……」

その時、ジョーはマユミの異変に気づいた。

マユミは急に意識を失ったのだ。

マユミだけではない。

ジョーは自分の頭の中もグラグラと揺れているような感覚に囚われた。

目の前が急に真っ暗になり、聴覚も遮断されたように音が聞こえなくなった。

何なんだこれは?

 ジョーは普段からドラッグを楽しむことがあったが、それは分量を考慮した上で後遺症や、禁断症状は出ない程度に抑えていた。

……おかしい。

ジョーの足は立っていられないほどグラグラになり、床の上に倒れこんだ。

次第に意識が薄れていく。

 その時、突然扉が開き、外からガスマスクをつけた小柄の人物が室内に入ってきた。

初めは幻覚かと思ったがそうではなかった。

ガスマスクの男は確かにジョーの秘密の部屋に鍵をこじ開け侵入していたのだ。

ここは様々な防犯システムが仕掛けてあるはずだった。

ガスマスクの男はそのシステムを破りここまで来たことになる。

薄れゆく意識の中でジョーはハッとなった。

まさか、こいつが〝デザイア〟なのか?

ジョーはなぜこの侵入してきた男がガスマスクをつけているのかが分かった。

こいつは室内にガスを流し込み、動きを封じ、女を取り返しにきたのか?

ということはこの女はやはり〝デザイア〟と繋がっていたのだ。

ジョーは勝利を確信し、床に倒れながら笑みを浮かべた。

意識を取り戻したら、再びマユミを使って〝デザイア〟を呼び寄せよう。

どんな手段を使っても……

そこでジョーは完全に意識を失った。

ベッドの上のマユミはすでに意識を失っていた。

ガスマスクの男はマユミが意識を失っていることを確認した。

「……まだお前を死なすわけにはいかないからな」

ガスマスクの男の正体は國無由自だった。

國無は床に落ちている鞭を手に取ると倒れているジョーを何度も打ちつけた。

「なかなかいい趣味だったが、相手が悪かったな。お前の欲望は嫌いじゃなかったがここまでだ」

そう言って國無は床に倒れているジョーの首に手を掛け、思いっきりひねり首をへし折った。

國無はジョーの背中から流れている血を手袋をした指で拭い取り、壁に血文字を書いた。

「皆殺しにしてやるぜ!〝デザイア〟」

滴る血でそう書き残すと國無はマユミを担ぎ上げ、ジョーの死体を残したまま地下室を後にした。

                                                【続く】

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2006年7月19日 (水)

デザイアと呼ばれた男  VOL 2

 こんにちは。D・二プルです。

 ついに始まりました。噂の最新作「デザイアと呼ばれた男」

 この作品は私の作品の中でも飛び切りデンジャラスで、アブノーマルで、エキセントリックな作品です。

 常人の頭では理解できないような摩訶不思議な出来事が次から次へと起こります。

 この奇抜な展開にあなたは着いてこられるでしょうか?

 では、続きをどうぞ!

俺は自分の部屋で見てもいないTVを流しながらウトウトしていた。

ふと周りを見るとそこは砂漠だった。

太陽がギンギンに振りかざし、風は無く、蒸し暑い空気が辺りを支配していた。

俺の靴の中は砂でいっぱいだった。

靴を脱ぎ砂を捨てても、またすぐに靴は砂で覆い尽くされていった。

次第に俺は面倒くさくなりそのまま歩き続けた。

足は重く、汗は噴出し、喉はカラカラに渇いていた。

俺は歩くのも面倒になり、その場に座り込んだ。

辺りには人はおろか何もなかった。

俺は自分がとんでもない場所にいるような感じがして、すぐにここから離れたくなった。

俺は慌てて立ち上がろうとしたが、立ち上がる事はできなかった。

気がつくと俺の足は砂に埋まっているのだ。

俺は何とか砂から抜け出そうとしたが、もがけばもがくほど砂は俺を飲み込んでいく。

俺は必死にもがいた。

しかし、砂は俺を完全に飲み込んでしまった。

息は出来なくなりそこには死が待つだけだった。

俺はそこで目を覚ました。

俺は全身にびっしょり汗をかいていた。

ウトウトしていた俺はいつの間にか寝てしまい夢を見ていたのだ。

あの夢は何を暗示していたのだろうか?

俺はキッチンに行き蛇口をひねり水をがぶ飲みした。

俺はそうとう喉が渇いていたようだった。

あの夢の中の〝砂漠〟は現実世界の〝退屈な日常〟を表しているんじゃないのか?

このままでは俺は死んでしまうということを警告しているのではないだろうか。

実際に死ななくても死んでいるのと同じようになってしまう気がしてきた。

待っていても何も来ない。だだ老いが来るだけだ。

俺の心の中で誰かが叫んだ。

このままじゃダメだ。

でも今の俺に何ができるだろうか。

その時、俺の視線の先にビデオ屋でじいさんに渡されたレンタル袋が転がっていた。

俺は何となく中のビデオテープを取り出してビデオデッキの中に入れた。

テープはツメが折れていて自動的に再生された。

それは今までに見たことの無い映像だった。

ゆったりと流れるジャズと共に一人の男が現れる。

その男は伝説の女〝カトリーナ〟を捜して放浪の旅を続けていた。

旅の途中で男は様々な人に出会い、いろいろな経験をしていく。

それまで自分が知らなかった世界中の様々なことを経験し、男は大きく成長していく。

そしてクライマックスでついに捜し求めていた〝カトリーナ〟を見つける。

しかし、〝カトリーナ〟は男の目の前で強盗に殺されてしまう。

男は強盗を殺し、死んだ〝カトリーナ〟を犯す。

男は憧れていた〝カトリーナ〟とSEXして物語は終わるのだが、男がエクスタシーに達した瞬間の映像が半端じゃなくヤバかった。

映画のフィルムは一秒間に24コマで創られているがその24コマ全てに違うカットが映っていた。

そのカットというのが人間のあらゆる汚い部分が凝縮していて、一分間続いた。

その映像を見て俺はおかしくなった。

激しい頭痛と吐き気が押し寄せ、胸が苦しくなった。

何だ、この映像は?

俺はしばらく床に這いつくばり、動く事ができなかった。

 それからどれぐらい時間が経っただろうか?

俺は再び目を覚ました。

時計を見ると時刻は深夜一時を回っていた。

TVの画面見ると、くだらない深夜のバラエティー番組がやっていた。

ビデオはすでに初めまで巻き戻っていた。

俺が寝ている間に映画は終わっていた。

それにしてもすごい映画だった。

内容も斬新だったが、見終わった後の高揚感が半端じゃなかった。

何度でも繰り返し見たくなるようなまるで麻薬のような映画だった。

俺は冷蔵庫の中からウーロン茶を取り出し、ペットボトルのままガブガブ飲み干した。

やけに喉が渇いていた。

俺は冷静になって昼間國無由自に言われたことを思い出していた。

「今夜、深夜2時に

目黒区

の蛇崩交差点に行ってみな。そうすればお前の暗い欲望が花開くはずさ」

時計を見ると午前1時を回ったところだった。

今ならまだ間に合うな。

俺は上着を着て外へ飛び出した。

俺は自転車にまたがり蛇崩交差点に向かった。

          4

 蛇崩交差点には30分もかからずに到着した。

辺りには人の気配はなく静まり返っていた。

俺は自転車をガードレールの脇に停め、コンビニの入り口前でタバコをくわえて立っていた。

交差点の信号が赤から青に、また青から赤に変わるのを繰り返し見ていた。

車道に車はまったく走っていなかった。

それでも信号は休むことなく赤から青に、青から赤に繰り返し点滅していた。

気が付くと俺は蛇崩交差点の真ん中に立っていた。

車がやってくる気配はない。

俺は得体の知れない優越感に包まれたように交差点の真ん中で両手を大きく広げ目を閉じた。

俺はふと伝説のブルースマン ロバート・ジョンソンの伝説を思い出していた。

ロバート・ジョンソンは十字路で悪魔に魂を売って人間業とは思えないほどのギター技術を手に入れた。

その代償にロバート・ジョンソンは妻と子供を失ったとされている。

 俺は頭の中で妄想を掻き立てていた。

ああ、俺も悪魔に魂を売ってもいいから自分の満たされない欲望を適えたいものだ。

その為に何かを失ってもいいから……

 その時、突然けたたましいエンジンの音とブレーキの音が鳴り響いた。

俺が目を開けると目の前に黒のワンボックスカーが突っ込んできていた。

アッと思った次の瞬間、俺は車に撥ねられ宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。

遠のいていく意識の中でドライバーが車から降りてこっちに近づいてくるのが分かった。

しかし、ドライバーの顔を見る前に俺の意識はぷっつりと途切れた。

 目の前には真っ白な空間が広がっていた。

ここはどこだ?

そこは何も無いただの真っ白な空間だった。

まるで雪の中にいるようだった。

だがそこは寒いわけでも暑いわけでもなく、ただ白い闇がどこまでも広がっているだけだった。

 その時、俺の目の前に一人の美女が現れた。

女はどこかで見たことのなるようなグラビアアイドルのような顔をしていたが誰だか解らなかった。

その女はいかにも男受けしそうな慢心の笑顔で俺に微笑みかけた。

そして、呆然と見とれている俺の目の前で服を脱ぎ始めた。

全裸になった女の体は男の欲望を満たすのに完璧な姿だった。

ふっくらと桃色に輝き重量感のある胸。

その乳房は少し上を向いている。

腰はキュッと引き締まったくびれを見せ、形のいい尻は大きすぎず小さすぎず、まさに理想的だった。

すでに俺のペニスはギンギンに膨張していた。

瞬きもせずに微動だにしない俺の首に腕を回し女は軽く唇を重ねてきた。

その瞬間、俺はすごくうれしかった。

女は次第に自分の舌を俺の口の奥にねじ込んでいき、俺の舌に自分の舌をネッチョリと絡ませた。

自然と俺の両腕は目の前の見ず知らずの女をしっかりと抱いていた。

女はゆっくりと唇を外すと俺の目を見つめながら服を脱がし始めた。

その間にも俺は彼女の胸を揉み、首筋にキスしていた。

女が服を脱がし終わると同時に俺は女をその場に押し倒した。

女は相変わらず俺の目を見て微笑んでいる。

俺は爆発寸前の自分のペニスを女のヴァギナに接近させた。

すると女はやさしく俺のペニスを掴み、自らヴァギナへ導いてくれた。

みるみるうちに俺のペニスは彼女のヴァギナに飲み込まれていった。

俺は何も考えず、欲望に身を任せr、衝動的に腰を動かした。

女は体をいやらしくくねらせ、喘いで見せた。

俺は繰り返し、繰り返し腰を動かし、ピストン運動を繰り返した。

女は喘ぎながらそれを笑顔で見つめている。

次第に俺は疲れを感じてきた。

いくらピストン運動を繰りかえしても一向にイク気配がないのだ。

それでも俺はがんばって腰を動かし、ペニスを上下させたが、まったく絶頂する気配はなかった。

いつの間にか俺はペニスをヴァギナから抜いていた。

見ると俺のペニスはすっかり萎えてしまっている。

ふと女の顔を見ると女から笑顔は消え真顔で俺の目を見つめていた。

「思い出したか?これが現実だよ」

「……」

「オマエはいくら女とヤッても絶頂できない駄目男だ。絶頂できないということはオマエは子孫を残せない人間失格ということだ。何よりも悲しいのはお前は昇天の快楽をまだ一度も知らないでぬくぬくと生きているということだ」

「……」

「オマエに生きた女を抱く資格は無い。お前は死体とでもヤッてな」

そう言ったかと思うと女は突然息絶、あっという間に白骨化した。

俺は叫びだしその場から逃げ出した。

 気が付くと俺の目の前に真っ白な天井が広がっていた。

俺は夢を見ていた。

しかし、あれが俺の潜在意識の中のトラウマだった。

俺は今まで女とSEXしても絶頂したことがなかった。

自分でオナニーすればイクことはできるが、女との絡みでは絶頂することが一度も無いのだ。

その為かここ何年か女とSEXしていなかった。

心の中では自分の女が欲しいと願いつつも実際に彼女を作る努力はしてなかった。

次第にそんな生活にも慣れ、ぬるま湯の中を浸っていた。

あの夢は俺に何かを知らせる為のものだったのか?

 俺は無意識に体を起こすとしたがそれはできなかった。

代わりにものすごい痛みが全身を襲った。

そうだ、俺は車に撥ねられたんだ。

という事はここは病院だろうか?

その時、コツコツと足音が近づいてきた。

足音は俺の部屋の前でいったん止まると個室のドアをノックする音がして、誰かが室内に入ってきた。

 俺の視界の中に見たことのない白衣を着た男が現れた。

白衣の男はメガネをかけ、無精ヒゲを生やした初老の男だった。

恐らく医者だろう。

ということはやはりここは病院だろうか?

「気が付いたかい?私の声が聞こえてるかな?」

俺はゆっくりと頷いた。

「君は車に撥ねられたんだ。覚えてるかい?まあ、いい。とりあえず命に別状はないから心配はいらないよ。どうやら君はひき逃げにあったようだ。覚えているかい?」

「……」

俺は無言で首を横に振った。

「まあ、いい。今はゆっくり休むことだ。後で警察が事情聴取にくるかもしれないから何か思い出したら話すといい。ここは三宿病院。私はここの医師 安久津だ。何かあったら何でも言ってくれ。じゃあ、また後で様子を見に来るから」

そう言って安久津は出て行った。

俺は再び見知らぬ部屋で一人になった。

これからどうなるんだろう?

俺の頭の中ではここの治療費や入院代といった現実的な金の心配が広がっていた。

そして時間が経つにつれて、車に撥ねられた時の事を思い出していた。

俺は何であんな時間にあんな所に行ったんだろう?

そして、國無由自のことを思い出した。

あのじいさんに言われるままに俺は蛇崩交差点に行って、こんな目にあった。

つくづく俺は運の無い男だと思った。

あのじいさんが悪いんだろうか?

それとも見ず知らずのじいさんの言葉を信じた俺がバカなんだろうか?

出かける前に見た蛇崩庵娯の映画に変な影響を受けたのだろうか?

考えても答えの出ない問いかけが頭の中でいっぱいになり俺は睡魔に襲われた。

昔から難しいことを考えると頭がオーバーヒートしたように睡魔が襲ってくるのだった。

俺は考えるのをやめ、重たいまぶたを閉じた。

                                                  【続く】

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