2006年8月31日 (木)

デザイアと呼ばれた男  VOL 7

第四章  暴れだした欲望

          1

 コツコツと階段を上る足音が鳴り響く。

俺は二階にある鍵を差込み、オープン前の店内に入る。

始めにもう一つの鍵を使い、セキュリティーを解除する。

それから扉の鍵を閉め、レジのコンピューターを起動させる。

その間に業務用のエプロンを着けて、レジ金を数え、レジにしまっておく。

これでオープン準備は完了した。

俺は店内の音楽を掛け、レジの画面に視線を寄せた。

國無の言っていた事は瞬く間に現実のものとなった。

 これまで週5で朝番に入っていたアケミが極端にシフトを減らし、週1、2のペースになった為、その穴埋めとして俺が朝のシフトに入ることになった。

それによってマユミと一緒に働く機会が増え、俺はとても楽しい時を過ごしていた。

マユミとは仕事の合間に様々な世間話をした。

映画のこと、音楽のこと、話題のニュースについて、そして互いの恋愛間について……。

マユミと話すうちに今まで知らなかった色々な情報を聞き出すことができた。

マユミはロックが好きで様々なバンドのおっかけをしているという事。

その中でも「クライム」というバンドが一番好きだという。

将来は自分でカフェかバーを経営したいという夢を持っていること。

その為にバイトを掛け持ちしているということ。

「ワールド」の他にファミレスでバイトをしているという。

実は俺より2歳年上だということ。

そして、今、付き合っている彼氏はいないということ。

それを聞いた時、俺は危うく白坂との関係を口走りそうになり慌てて思いとどまった。

マユミは白坂と付き合っているわけではなかったのか?

じゃあ、白坂とはどんな関係なんだろうか?

マユミは俺に付き合っている相手がいるのか聞いてきた。

俺が相手はいないことを告げると、

「好きな人はいないの?」と聞いてきた。

俺は心の中で「マユミが好きだ」と即座に答えたが、声には出さず、

「気になってる人はいるけど、安久津さんの知らない人ですよ」

と嘘をついた。

俺の嘘の言葉にマユミは興味を示し、あれこれと細かい事を聞いてきた。

「どんな人?どこで知り合ったの?そこ娘は五味君のことどう思ってるのかな?」

それは俺がマユミに一番聞きたいことだった。

俺はマユミの質問に言葉を詰まらせた。

その時、たまたま客がカウンターに来て会話が途切れ、俺は命拾いした。

 結局、その話題はそこで途切れたが、いまだにマユミと親密になることはできず、相変わらず距離は縮まっていなかった。

 マユミとの距離を縮める為に俺はシフトの一時間前に「ワールド」に来ていた。

マユミが来るまでの間の二時間の間に会員登録データベースを開き、國無の作ったリストの人物の住所、携帯番号を書き写した。

國無がどういう意図でこのリストを作ったのかは疑問だったが、とにかく今は國無の言う通り行動するしかない。

俺はマユミを手に入れる為に悪魔と契約したのだ。

 修行の第二段階は俺が会員の中で気に入った女の身元をデータベースの中から調べ、その女の自宅と「ワールド」の間でレイプできるポイントを見つけ出し、自らプランを立て、実行するというものだった。

その間、國無のサポートは一切無し。

國無から渡された道具入りのトランクだけを頼りに俺一人で犯行に及ぶというものだった。

本当の緊急時用に渡された携帯も持っていたがまだ、一度も使ったことは無かった。

レイプの腕はみるみる内に上達し、俺は次第にその禁断の快楽に溺れていった。

それまで、女とセックスしてもイクことのできなかった俺が、レイプすることで必ず射精することができるのだ。

國無の言いつけを守り、俺は必ずゴムを付け、精子の入った使用済みのゴムは持ち帰って処分した。

警察の手を逃れる為に、女には必ず手袋をはめ、爪の中に俺の皮膚が入らないように気をつけた。

皮膚からDNA鑑定されれば身元が割れる恐れがあるという。

それから俺はゴーグルとニット帽で素顔を隠し、ボイスチェンジャードロップで声を低くして別人になりきった。

時には女にも、アイマスクや猿轡を使い、自分の正体がばれないように細心の注意を払った。

俺は國無由自に導かれるように、自分の欲望に忠実に女を犯し、暴力に明け暮れていた。

それにも次第に慣れ、いつしか俺の中で〝デザイア〟というもう一つの人格が生まれる頃、國無の計画は第三段階へと突入しようとしていた。

 第三段階で國無が作り、俺がデータベースから書き写したリストが役に立つ時がやってきた。

それはこれまでの意味不明だった行動の真意が明らかになる時でもあった。

そして、マユミの悩みの一つが明らかになるのだった。

          2

 その日、小林和美は仕事帰りに「ワールド」に向かっていた。

借りていたDVDはすでに三日延滞していた。

駅の改札を出て246沿いを早足で歩いていた。

今日は9時から見たい映画があった。

だから今日はDVDを返したらすぐに帰宅しようと和美は思っていた。

「ワールド」でDVDを返し、三日分の延滞料金を払うと、他の商品に目もくれず一目散に店を出た。

 時計を見るとすでに8時55分を回っていた。

和美は足を速めた。

246沿いから細い路地に入る。

普段、帰りは明るい246沿いを通って帰るのだが、この路地を通った方がずっと時間を短縮できるのだった。

和美は路地を早足で歩いていた。

 その時、突然、和美は後ろに気配を感じた。

そして、次の瞬間、見知らぬ男が背後から急に襲いかかってきた。

男は慣れた手つきで和美の口を塞ぎながらもう一方の手で和美の手首にて手錠をはめた。

全身に鳥肌が立ち、和美は恐怖を感じた。

和美は男の顔を見た。

男はサングラスと帽子で顔を隠している。

男はまったく慌てた様子もなく和美の手に手袋をはめた。

そして和美は男にさらに細い路地裏に連れ込まれた。

 和美は泣きながら必死に抵抗したが、抵抗すればするほど、俺は欲情した。

和美を路地の壁に押し付け、服をめくりあげる。

和美の露になった胸を獣のように舌でいやらしく嘗めまくる。

それでも和美は必死に抵抗する。

俺は和美のショーツの中に手を突っ込み、指でグジュグジュに濡れた和美の中を探索する。

和美の抵抗が最大限に高まった。

「もっと抵抗しろよ」

ボイスチェンジャードロップで変化した俺の声が低く唸る。

それは逆効果だった。

和美の抵抗はみるみるなくなり、諦めの極地へと達した。

そろそろ潮時だった。

俺は腕で和美の体を持ち上げながら股を開かせ、挿入する準備に移った。

最近は立ったままヤルのにもだいぶ慣れてきた。

俺はズボンを下げゴムを装着すると、ペニスを手で導きながら和美の膣の中に入れた。

俺は限界寸前まで激しく腰を動かし続けた。

和美はすでに抵抗をやめ、されるがままに俺に身を預けている。

それでも俺はその直後に射精した。

ペニスを抜き、ザーメンがたっぷり入ったゴムを外してトランクの中にしまった。

和美は涙の痕を残したまま路地にぐったりと座り込んでいる。

和美の顔はすでに無表情だった。

俺は手錠と手袋を外して、即座に立ち去った。

 俺は薄暗い路地裏でゴーグルとニット帽を外し、ドロップを捨てて水を飲んだ。

246沿いの明るい大通りに出る頃にはすっかり〝デザイア〟から凛一郎へと戻っていた。

俺はやってきたタクシーを止め、少し走らせてからUターンするように指示し、世田谷公園近くのファミリーレストランの前の道でタクシーを降りた。

 ファミリーレストランの階段のゆっくりと上っていき、乗ってきたタクシーが走り去るのを見届けると、何事もなかったように階段を下り、公園の横の路地に入った。

 路地を抜け、公園の駐車場の前まで来ると國無がバンに乗ってまっていた。

バンはいつもと同じ型だが、色とナンバープレートは違っていた。

國無がいつも当たり前のように用意してくる車や必要な道具に初めはいちいち驚いていたが、もう慣れてしまった。

 俺を拾って國無が運転するバンは走りだした。

「どうだ、たっぷり出してきたか?」

「ああ、楽しんできたぜ」

「いい感じだ。だいぶ余裕も出てきたな。だが、油断するなよ。とくに今日から段三段階に入るんだからな」

「ああ、分かってる」

國無は前を見たまま俺にこれから行う事の説明を始めた。

「いいか、第三段階からは訓練じゃない。お前がマユミを手に入れる為の実戦だ。一つミスも許されない。小さなミスが命取りになるからな。それを肝に銘じておけよ」

「ああ、分かった。で、具体的に何をするんだよ」

「お前が『ワールド』から調べてきたリストがあだろ。今からそのリストの家を一軒一軒回るんだ」

俺はダッシュボードの中からリストを取り出した。

それは長期延滞者のリストで「ワールド」内のブラックリストのメンバーのものだった。

 「ワールド」はあまりに悪質な客や長期延滞者をブラック会員とし、業者にそのリストを送る。

一度業者に送った客とは一切取引はしない。

会員証も無効になり、再入会もできない。

業者は闇金の借金取りと同じような輩で、力ずくで延滞者から延滞料金を回収する。

そのやり方は荒っぽく、違法な手段が用いられる場合も少なくなかった。

延滞料金と共に回収された商品は一応「ワールド」に返す決まりになっていたが、必ずしも商品が戻ってくることは無かった。

場合によっては商品を紛失、または壊してしまったということにして、その料金も上乗せして回収する場合もあるからだ。

だから「ワールド」側も無理に商品の返却を望まなかった。

業者送りになった会員の商品はすでに無いものと考えたほうがいいのだ。

 「で、長期延滞者の所に行ってどうするんだよ。商品を回収するのか?」

「その逆だ。取立てにきた業者を一人ひとり潰していくんだ。相手はプロだ。武器も携帯している可能性があるから気をぬくんじゃないぞ」

「……ちょっと待ってくれよ。何で俺が回収業者を相手にしなきゃいけないんだよ。あいつらヤクザと変わらないんだぜ」

「言っただろ。マユミを手に入れる為さ。お前にはまだ話していないだろろうが、マユミの心の闇はそこにあるんだよ」

「どういう事だよ」

「マユミは昔、付き合っていた恋人を業者の手によって殺されてるんだよ。表向きには事故死ってことになっているが、真実はそうじゃない。回収業者に抵抗して殺されたんだ。おまけにマユミ自身も恋人の目の前で業者たちに輪姦されている。マユミはいずれ業者たちに復讐しようと思っている。それをお前が手伝ってやるんだ。あくまでそれは偶然なことのように見せなければならない。そしてそれを間接的にマユミに知らせる。そうする事でマユミはお前を特別な目で見るようになるだろう。そうなればお前はマユミを9割は手に入れたと同じだ。段三段階が終わった時、お前の未来は変わるぞ」

「……そんな事があったのか」

「前にマユミが喫茶店で客をボコボコにしたって言ってたろ」

「ああ」

「あれは業者の一人だ。マユミは初めからそれを知ってて実行した。しかし、女手一つでどうにかなる連中じゃない。このまま行けば間違いなく命にかかわる。それを止める為にもお前がやらなくちゃいけないんだよ」

「……」

 國無の話を聞いて俺の心は怒りで煮えくり返っていた。

そこにはマユミを自分の女にしたいとか、快楽を求めたいとか、そんな気持ちはどこかに吹っ飛んでいた。

ただ、マユミを苦しめている業者たちが憎かった。

それはこれから俺がやろうとしている行為に意味があるということの証だった。

そんな俺を國無は横目で見ていた。

いつの間にか車は初めの長期延滞者の家の前についていた。

          3

 10時を回り、辺りは静まり返っていた。

月明かりがこれから起ころうとしている事実を全て悟ったようにやさしく辺りを照らしていた。

車を停め、俺と國無は回収業者が来るのを待っていた。

俺は「ワールド」から取ってきた長期延滞者のリストと國無が事前に調べていた回収業者のタイムテーブルのリストを照らし合わせていた。

そこには長期延滞者の勤め先や何時ごろ帰宅するかなど細かい個人情報が鮮明に記載されていた。

 初めの長期延滞者は伊藤大輔という35歳のサラリーマンで、5本のアダルトDVDを58日延滞した時点でブラック会員になった。

延滞料金は総額8万7千円。

伊藤は回収業者からの再三の電話を全て着信拒否し、勤め先でも居留守を使っている確信犯だった。

そこで業者は今日、伊藤の帰宅時に強制徴収を結構する予定になっていた。

回収業者の車は通りを挟んで俺たちのバンの斜め前に停車していた。

回収業者は勿論俺たちの存在を知らない。

 國無は俺に以前渡した〝デザイア〟変装時に使うトランクの他にもう一つ別の小さなトランクを手渡した。

そこには以前にも増して様々な武器が入っていた。

サイレンサー付きのブローニング、特殊合金でできた携帯用ワイヤー、猛獣撃退用スプレー、改造スタンガン、ナイフ各種……どれもTVや映画で見るような現実離れした代物bかりがぎっしりと詰まっていた。

「これ本物かよ?」

俺はサイレンサー付きのブローニングを手に取って言った。

「当たり前だ。ここから先は本当に実戦だ。弾はまだ入っていないから自分で詰めろ。銃の扱いはくれぐれも注意しろよ」

「……あんた何者だよ。前から思ってたけどこういう物をどこから仕入れてくるんだ?」

「そんな事はどうでもいい。気を引き締めろ。もうすぐ、伊藤が帰ってくるぞ。奴らが乗り込んで五分したら行動開始だ。分かったな」

「……ああ」

國無はいつも俺の質問をあいまいに誤魔化し、まともに答えた事はない。

俺はいつも國無のことをもっと知りたいと心のどこかで思っていた。

しかし、俺は自然と自分の興味にブレーキを掛けていた。

國無の秘密を興味本位で覗いてしまえば後で取り返しのつかない状況に陥ってしまうような気がしていたのだ。

 俺は車のシートの上で体をくねらせながら、〝デザイア〟になる為の準備をしていた。

不思議なことに最近ではサングラスと帽子を付け声を変えると、本当に別人になったような感覚にとらわれ、まるで罪悪感を感じることなく思いっきり行動することができるのだ。

 そうしている間に伊藤が帰宅してきた。

部屋に明かりが点くと回収業者の男達はすぐさま車から降り、伊藤の部屋へと向かっていった。

俺は車の中から男達の姿を確認した。

「三人か……」

「いいか、まずは鍵がかかっているか確認しろ。もし、掛かっているようならドアの前で待機しろ。業者が出てきたところを襲う。もし、鍵が掛かっていなかったら、そっとドアを開け、すぐにブレーカーを落とせ。そうしたら、回収業者を一人ずつ倒していけ。心配するな。相手は暗闇でお前の姿は見えない。お前はこの暗視装置付きの特殊ゴーグルをつけているから、相手の動きが手に取るように分かるはずだ。いいか、自信を持て。お前は数々の修羅場を潜り抜けてきた〝デザイア〟だ」

不思議なことに國無の言葉を聞くと自信が湧いてきた。

 俺は車を降り、伊藤のアパートの階段を上っていった。

不思議と心の不安と緊張は徐々におさまっていった。

伊藤の部屋の前に着くと俺は大きく深呼吸をして、ドアノブをゆっくりと回した。

鍵は掛かっていなかった。

俺はゆっくりとドアを開け、中に入った。

 薄暗い玄関の中に俺は身を潜めていた。

目の前の廊下の先には薄っすらと明かりが点いたリビングのドアがあり、そこからうめき声と罵声が漏れていた。

恐らく伊藤はあの三人組の回収業者に痛めつけられているはずだ。

俺の本心を言えば、伊藤は痛めつけられて当たり前の男だった。

借りたものを返さない伊藤が悪いのだ。

だが、國無からマユミの過去を聞かされて以来、俺の心は決まっていた。

例え気に食わない長期延滞者を助ける事になっても、ヤクザのような回収業者を敵に回しても、マユミの心の闇を救うことができるなら、俺はどんな事でもやろうと思っていた。

そうだ、俺はその為に悪魔と契約したんだ。

その瞬間、俺の中で急に力がみなぎってきた。

 俺は國無に言われた通り、玄関先にあるブレーカーを落とした。

その瞬間、辺りは闇に飲み込まれた。

「……なんだこりゃ。どうなってんだ」

回収業者の三人は突然の出来事にパニックになっている。

三人組は以外にも若く、俺と年は同じか年下のようだった。

三人組の足元に伊藤が口から血を流して倒れている。

俺は冷静に辺りの状況を確認していた。

暗視ゴーグルのおかげで俺は昼間のようにくっきりと部屋中を見渡すことができた。

俺はゆっくりと回収業者の背後に忍び寄り、首筋にスタンガンを近づけた。

暗闇の中をスタンガンの電流が走り、回収業者は一人ひとり床に倒れていく。

あっという間に三人は撃沈した。

俺は訳が分からずにキョロキョロしている伊藤に催眠スプレーを吹きかけた。

伊藤はたちまち意識を失って、その場に倒れこんだ。

俺は意識の失った伊藤を引きずって部屋を出た。

 アパートの階段の下に國無が車をつけて待っていた。

「どうだった?」

「任務完了だ」

俺は伊藤を担ぎ上げながら言った。

伊藤を車の後部座席に座らせ、シートベルトを締めると、國無は車を出した。

 俺は助手席で変装をときながら、危険な任務をやり遂げた達成感に酔いしれていた。

 その頃、伊藤のアパートに一人の男がやって来た。

男はブレーカーを上げ、室内の電気を点けた。

床に倒れている回収業者を見て、男は眉間にしわを寄せる。

男は荒々しく回収業者の腹を蹴りつけた。

回収業者の男達は痛みで意識を取り戻した。

「何だ、この有様は」

「きっ鬼頭さん……」

「連絡がなかったのはお前達の班だけだ。延滞金は回収したんだろうな」

「……いえ、それが、途中で何者かが妨害を……」

鬼頭は回収業者の腹に強烈な前蹴りを喰らわせた。

「バカやロー、何やってんだ。で、長期延滞者はどうした?」

「それは……」

次の瞬間、鬼頭は倒れている部下の顔を踏みつけた。

「いいか、なんとしても伊藤とその邪魔した奴を見つけ出せ。さもなきゃお前らを殺すからな」

「……はっはい」

三人組は慌てて部屋から出て行った。

「くそ、バカが……」

鬼頭が部屋を出て行こうとした時、携帯が鳴った。

「何だ、どうした?……何だと?和美が……それで今どこに?分かったすぐ行く」

鬼頭は携帯を切り、急いで部屋を出た。

 電話で鬼頭は恋人の小林和美が病院に運ばれたという知らせを受けた。

この後、鬼頭は和美が暴行を受けたという事実を知らされる。

それは俺にとって最大の敵が生まれた瞬間だった。

          4

 鬼頭は久しぶりに絶望していた。

これまで幾度となく修羅場を潜り抜け、絶望を味わってきた。

友人の死、恋人の死、部下の死……。

無数の絶望の果てに生き残り、今の自分があった。

鬼頭が作った渋谷最強最悪のチーム〝ニガー〟。

その巨大な組織の頭として君臨していた鬼頭はその力を使い、取立て回収業者を設立した。

そして、顧客の信用を得る為に完璧に仕事をこなしてきた。

その結果、鬼頭の取立て回収代行会社「ニガー」は不動の地位を確保した。

最近では仕事も起動に乗り、安定した毎日を過ごしていた。

鬼頭は久しく〝絶望〟を忘れていた。

 そんな時、この事件が起きた。

鬼頭は今、三宿病院の病室の中にいた。

目の前のベッド上には顔にマスクを着け、機械に繋がれた恋人 和美の変わり果てた姿だった。

数時間前、和美はある男に襲われ、暴行を受けたと聞かされた。

医者の話では命に別状はないという。

それでも鬼頭の心は煮えくり返っていた。

鬼頭は和美の手をやさしく握り締めると静かに病室を出た。

 鬼頭は廊下の壁を思いっきり殴りつけた。

白い壁に亀裂が入る。

鬼頭の顔はまるで悪魔のようなものすごい形相だった。

鬼頭がこんな顔をするのは何年ぶりだろうか。

 三宿病院を出ると鬼頭は部下にメールを送信した。

「全員集合!これから緊急収集をかける。最優先事項で行う仕事ができた」

そのメールは「ニガー」の全社員に一斉に送信された。

今回の事件によって鬼頭は会社設立以前の渋谷最大の極悪チームの頭だった頃に戻っていた。

経済最優先でなるべくもめごとを避け利益をあげてきたが、今、鬼頭の頭にあるのは自分の女に手を出した犯人を殺すという極めて単純なことだった。

 以前も鬼頭は自分の女に手を出した男を実際に殺していた。

その時はメンバーの末端を一人出頭させ警察を黙らせた。

鬼頭の極悪ぶりはチームの誰もが恐れていた。

気に食わない奴は殺す。

やりたい女は犯す。

そのやり方で鬼頭は今の地位を手に入れた。

どんな手段を使ってでも犯人を見つけ出す。

そして、殺す。

鬼頭は心の中でそう繰り返していた。

 回収業者を潰してから数日が経っていた。

伊藤の家で「ニガー」の連中を潰した後、俺は同じ手口で3回「ニガー」の連中を襲い、長期延滞者を助けた。

助け出した長期延滞者は全員國無が車でどこかに連れて行った。

國無は「ニガー」から守る為に別の場所にしばらくかくまうと言っていたが、その行方は不明だった。

そういえば、以前國無は俺が修行の為に喧嘩を売り倒した男や、犯した女をどこかに連れて行っていた。

その時も、「足がつかないように後始末をしてくる」と言っていた。

その時は特に疑わなかったが、やはり國無の行動は謎に包まれていた。

 しかし、俺は特に追及しなかった。

それはマユミとの仲が急速に良くなり、バイトが最高に楽しかったからだ。

俺は今、マユミとの距離を確実に縮めていた。

國無の特訓のおかげもあり、俺はみるみるうちに仕事を覚え「ワールド」の中で頭角を現していた。

仕事が早い俺をマユミが一番認めてくれた。

仕事を早く終えることで生まれる余裕がマユミとのおしゃべりの時間を作り出した。

客が来ない間、カウンターの中で二人で横に並び、壁に持たれかけながらする話はいつも俺の心の中の渇きを潤してくれた。

初めはたわいも無い話だった。

しかし、そのたわいも無い話が俺にはとても楽しいひと時だった。

 そのうちにマユミは俺に相談を持ちかけてくるようになった。

マユミは様々な悩みを俺に問いかけてきた。

父親の悪癖に悩まされている事。

マユミの母親はマユミが小さい頃に交通事故でなくなっていた。

幼い頃からマユミは父と二人で暮らしていた。

父親はマユミをとても可愛がり、一生懸命働いてくれた。

マユミはそんな父が昔から大好きだった。

 女手が無い分マユミは自分のことは全て自分でやった。

初潮も自分の知識で父の手を煩わせずに乗り切った。

毎日夜遅くまで病院で働いている父になるべく負担をかけないように家事も全て自分でやった。

 しかし、そんな時、マユミは父の悪癖を知ってしまった。

 ある日、マユミが夜勤の父に差し入れを持ってこっそり病院に行くと父は同じく夜勤の若い看護士と仮眠室で情事を交わしていた。

マユミはショックを受け、慌てて病院から走り去った。

それから秘かに父の生活を調べたマユミは、これまでにも父が病院の女医や看護士と関係を持っていた事実を知った。

そればかりか父は病院に入院している患者にも性行為を求めていた。

それは明らかに職権乱用であり犯罪だった。

マユミは父を軽蔑した。

それでも父はマユミの前では〝良い父親〟を演じていた。

マユミのことも真剣に愛してくれた。

マユミにもそんな父のやさしさは充分に伝わっていた。

だからこそマユミは悩んでいた。

 何とかして父の悪癖を直したい。

そんなことをマユミは俺に話してくれた。

それは明らかに俺を信用してくれているからこそ話してくれているのだと思った。

俺は何とかしてマユミの力になってやりたいと思った。

 そして、マユミの口からあの話が出た時、俺はある行動に出ることを決意した。

それは以前、國無から聞かされた昔の彼氏のことだった。

初めは普通の恋愛話から互いの恋愛感を話している内に、マユミはついにあの話題を切り出した。

それは恐らくマユミにとってはパンドラの箱だったと思う。

マユミが語ったのはまだ話の断片に過ぎなかった。

 國無から話の全貌を聞かされ全てを知っている俺にとっては、氷山の一角だった。

しかし、俺はマユミが自ら俺にその話をしてくれたことがすごくうれしかった。

 話の途中でカウンターに客が来て話は途切れてしまい、マユミはその続きを話そうとしなかった。

俺も無理に聞きだそうとしなかった。

しかし、その日を境に俺は改めてマユミに惚れ直した。

そして、俺は初めて國無の命令ではなく、自分の判断で行動してしまう。

それが思わぬ落とし穴だとも知らずに……。

                                 【続く】

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2006年6月29日 (木)

麻薬のような女  VOL 22

28

どれぐらい眠っていたんだろうか?

俺が気づいた場所は502号室でイラの隣で寝ていた。

俺は確かもう一人のイラに眠らされたはずじゃなかったのか?

俺は自分の携帯の音で目を覚ました。

寝ぼけ眼で電話に出ると相手は山田からだった。

「準備が調ったぜ。さあ、ゲームの始まりだ。一分以内に黄金町の入り口、

日の出町

側の公衆便所に来な。遅れたら花火を打ち上げちゃうぜ」

そう言うと山田は電話を一方的に切った。

寝ぼけていたせいもあって俺は山田の言葉を鵜呑みにし、慌てて山田が指定した場所に向かった。

山田が指定した公衆便所に俺はダッシュで到着した。

全速力で走った為息が乱れていた。

辺りを見回しても山田の姿は何処にも無い。

その時、携帯の音が何処からか聞こえてきた。

勿論俺の携帯ではない。

携帯は確かに近くで鳴っていたがなかなか見つからなかった。

女子トイレの中も覗いてみたが携帯はどこにも無かった。

その間、携帯の音は休むことなくずっと鳴り続けていた。

そんな中、通りすがりの女が不意に呟いた。

「電話、上で鳴ってない?…」

その言葉で俺は携帯公衆便所の上で鳴っている事に気がついた。

俺は公衆便所に攀じ登りやっとの思い出携帯を発見した。

「…もしもし」

「…遅かったな。待ちくたびれたぜ」

「人を呼び出しておいて一体どこに居るんだ。約束通り、全部話してもらうぜ」

「…勘違いするな。主導権は俺にあるんだ。俺は一分以内に来いって言ったんだ。あれからもう十五分も経ってるぜ」

「俺は一分以内にここに来たぜ。ただ、携帯を探すのに手間取っただけだ」

「それじゃダメだ。罰ゲームだな…」

「何が罰ゲームだ。大体何でこんな分かりにくい場所に…まさか、お前わざと時間稼ぎの為に…」

「ハッハッハ、やっと気づいたか。でも、それだけじゃないぜ。お前のマンションの方を見てみな。そこからだとよく見えるだろう」

俺は自分の目を疑った。

アイのマンションから煙が出て燃えているのだ。

「…お前、まさか、マンションに火を……」

「そうだ。これがゲーム開始の花火だ。どうだ、おもしろいだろ」

「ふざけんじゃねえぞ。すぐに警察も来るぞ」

俺は便所から飛び降りマンションに向かって走り出した。

「警察はこのゲームのゲストさ。それに到着まではまだ時間がかかる」

「…ふざけんなお前はどこに居るんだ」

「答えると思うか?自分で捜しな。あと、マンションにはお前の知ってる女が三人いるぜ。イラ、アイ、そしてもう一人……イラ。お前は三人を助けられるかな。誰を一番に助け出す?お前が惚れてる女か?あ、そうそうお前の部屋は鍵が開いてたぜ。無用心だな。寝ている自分の女を一人残してよ…」

「!!!」

しまった。

俺は慌てて部屋の鍵を閉め忘れてきてしまった。

「本当にかわいい女だな。殺す前に味見しとくか…」

「…テメエ、イラに指一本触れたら殺すぞ」

「バーカ。やれるもならヤッてみな。とにかくイラは貰った。マンションの一室に監禁しておくからな…。ああ、イラだけに時間を掛けてたら他の女の命も危ないぜ。アイには相当世話になったんだろ?恩を仇で返すなんて最低だね」

「お前、自分の女も殺すきか?」

「…別に本気で惚れたわけじゃねえよ。演技に決まってるだろ?」

「テメエ、ふざけんじゃねえぞ!」

俺は持っていた携帯を地面に叩きつけ、全速力で走った。

頼む、何とか間に合ってくれ………。

29

俺がマンションの前に辿り着いた時には、「黄金町」の住民達も火事に気づいていて辺りは人で覆い尽くしていた。

俺はその場に群がっている群集を掻き分け前に進んでいった。

その中に藤巻さんの姿があった。

「…春道、大変だぞ。誰かがマンションに火を……」

「…通して下さい。まだ、中に人がいるんだ」

「…何だって。まさかイラやアイか?」

「…とにかく俺はもう一度部屋を確認してきます」

「バカ、やめとけ。もう手遅れだ。それにもうすぐ消防車が来る。それまで待ってろ」

藤巻さんは俺を止めようとした。

「ふざけんな。そんなの待ってられるか。俺の邪魔をするな」

目の前にはすでに炎の熱気によって凄まじく熱い空気が渦巻いていた。

俺は止めようとする藤巻を振り払い一度後ろに下がると、冬の大岡川に飛び込んだ。

「黄金町」を流れる大岡川は潮の味がした。

俺はすぐに岸から上がると、俺に視線を集める群衆を掻き分けマンションの中に飛び込んでいった。

マンションの中はすでに炎と煙に支配されていた。

俺は一階の管理人室に飛び込んだ。

管理人室のドアは開いていて無人だったが、各部屋の鍵はなんなく見つける事ができた。

俺は鍵を持って急いで階段を駆け上がって行った。

川の水をかぶっているとはいえ煙は俺に容赦なく襲い掛かり、一酸化炭素中毒の旅へご招待してくれている。

命綱の川の水も少しずつ蒸発していて刻一刻と命のタイムリミットを刻んでいく。

それは俺一人の命の問題ではなかった。

イラ、アイ、そしてもう一人のイラの命のタイムリミットでもある。

俺はひたすら階段を駆け上がった。

山田の言葉を鵜呑みにする事はできないが、「三人が実はここにいない」などという甘い期待は捨てた。

問題は「まず誰から助け出すか?」という事だ。

俺の頭の中にはイラの姿が過ぎった。

俺が好きな女はイラだ。

イラを守る事が最大の目的だ。

イラ無しの人生なんてこの先考えられなかった。

しかし、俺はどうしても〝205号室〟を素通り出来なかった。

ドアノブを触ると焼けるように熱くなっていた。

間違いなくこの部屋には火が点いている。

という事はやはりここにアイがいるという事だ。

しかし、ドアは当たり前のように鍵が掛かっていた。

俺は205号室の鍵を開け中に入って行った。

中は想像以上に凄まじい熱気に包まれていた。

大量の煙で視界もさえぎられていた。

それでも俺は躊躇せず部屋の奥に進んで行った。

「アイちゃんー、どこだー。居るなら返事してくれ」

アイの姿はどこにも無かった。

頭の中で焦りが生じた。

その時、クローゼットの中からもう一人のイラを発見した。

もう一人のイラは気を失っているだけで息はあった。

俺はもう一人のイラを抱きかかえ玄関に向かった。

しかし、予想以上に広がった炎は俺をあざ笑うかのように行く手をさえぎってきた。

それが山田の姿と重なり俺は怒りでいっぱいになった。

その怒りが逆に生きる糧となって俺に力を与えた。

俺は部屋の奥に進んで行った。

窓ガラスを足で蹴破ると新鮮な空気を感じた。

窓の外から下を見ると野次馬が騒いでいるのが見えた。

俺はもう一人のイラを抱きかかえたまま野次馬の群れの中にダイブした。

まさに火事場の馬鹿力だった。

俺の頭の中には恐怖は無く、本能で飛び降りていた。

野次馬の中に落ちた俺ともう一人のイラは一命を取り留めた。

しかし、この時俺は足を痛めてしまった。

それでも俺は休むわけにはいかなかった。

まだイラもアイも残っている。

俺は止めようとする野次馬の群れを薙ぎ払い、炎と煙が支配する地獄の中に再び飛び込んで行った。

                                 【続く】

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2006年6月15日 (木)

麻薬のような女  VOL 19

 こんにちは。D・二プルです。

 「麻薬のような女」始まりますよ。

19

その日、モナは具合が悪くて自分の部屋で寝ていた。

モナは彼氏とケンカして気分が悪かった。

モナの彼氏は伊勢佐木町のコーヒーショップに勤める大学生 篤だった。

初めはやさしかった篤だったが、次第にモナに金をせびるようになっていった。

そして篤はモナの金を頼りに、次第に働かなくなっていった。

そんな篤の態度に我慢できなくなったモナはついにキレ、二人は口論になった。

そんなモナに篤はは嫌気がさしたのか冷たく突き放し、別れを告げた。

モナはそれでも篤の事が好きだった。

その時モナの気分は最悪だった。

こんな日は仕事をする気に慣れなかった。

そんな中、寝ているモナの元に仕事仲間の娼婦 メグミから電話がかかってきた。

「客が全然こないから今日は店閉めたいんだけど6千円貸してくれない」

という事だった。

モナは気分が悪いと言って一度は断ったが、メグミはどうしてもと頼み込んだ。

普段からメグミに助けられていたモナは「一時間以内に行く」と言って電話を切った。

モナはゆっくりと起き上がり、シャワーを浴びて出かける準備を始めた。

その頃、モナを待つメグミのもとに一人の客がやってきた。

メグミはモナが来る前に一万円入ればモナに金を借りる必要がなくなると思い、客を店の中に上げた。

その客の男は山田だった。

山田の表情は普段と変らなかった。

寝癖がそのままの髪、しまりの無い顔、一世代前のカッコ悪い服装、どこから見てもただのスケベな客にしか見えなかった。

しかし、山田ははっきりと殺意を持ってこの店にやって来ていた。

店の奥に入ると山田は顔色一つ変えずにその目的を実行した。

一万円を要求するメグミを山田は布団の上に押し倒した。

そして嫌がるメグミの服を引き裂くと、無理矢理犯し始めた。

それは山田がアイとしているようなやさしいSEXではなかった。

山田は善城もせずに無理矢理メグミに挿入した。

初めは必死に抵抗していたメグミもついに諦めたのかそのうち抵抗するのを止めた。

山田はすぐにコトを終えた。

普通はこれで終わりのはずだった。

メグミもそう思った。

「…あんた、こんな事して、どうなるか分かってるの?…」

「君こそこの後どうなると思う?」

「……」

ちょうどその頃、店の前にモナがやてきた。

メグミがいるはずの店は鍵が掛かって閉まっていた。

モナはメグミの携帯に電話したが、メグミは一向に出なかった。

しばらくの間モナは店の前でメグミを待っていた。

メグミが客を取ったとしても30分もしないで出てくるはずだとモナは思った。

モナが待っている時篤からメールが入った。

「ごめん、俺が悪かった!もう一度、やり直そう。愛してる!」

篤のメールを見たモナはとても嬉しかった。

例え篤が金目当てだとしてもモナはそれでもいいと想った。

「分かった。後で迎えにきて…」

モナは篤に返信メールを送った。

モナがふと携帯を見るとすでに一時間がまわっていた。

店の様子に変化はなかった。

もう一度、メグミの携帯に電話してみたが、やはり出なかった。

モナは持っていた合鍵でドアを開け中に入った。

薄暗い店の中に入ると人の気配がした。

やっぱりメグミは中にいたのだ。

という事はやはり客を取っていたのか?

それにしては長い事ヤッてるもんだ。

うっすらと開いたドアの隙間からモナは中を覗いて見た。

そこには信じられない光景が写っていた。

全裸のメグミが首から血を流して死んでいるのだ。

ドアが大きく開き、モナは恐る恐るメグミに近づいていった。

メグミの胸には〝血塗られた胎児〟の傷跡が生々しく刻み込まれていた。

その瞬間、モナは背後に気配を感じた。

モナの後ろに血だらけの山田が立っていた。

モナが振りかえろうとした瞬間、山田は持っていたナイフでモナの首を切り裂いた。

「!!!…」

一瞬、モナは山田の眼を見た。

驚きを隠せないまま、モナは何も語ることなくその場に倒れこんだ。

「…こいつは予想外だ」

しばらくの間、山田はモナの死体を眺めていた。

20

翌日、メグミの死体が発見された。

立て続けに発生した連続殺人事件に「黄金町」は緊迫していた。

「黄金町」は警察とヤクザが入り混じり、まるで戒厳令が発動した戦争中のような異様な感じだった。

町全体がぴりぴりとした空気を漂わせていた。

アイはモナの事を心配していた。

殺されたメグミとモナが同じ店で働いていて、親しかった事をアイは知っていたからだ。

そのモナが昨日から音信不通になっているのだ。

自分の部屋にも姿は無く、店にも彼氏の所にも行っていいないのだ。

俺達は手分けしてモナを捜したが、手掛かりは掴めなかった。

俺は妙な胸騒ぎに駆り立てられていた。

モナの死体が発見されたわけではなかったが、何らかの事件に巻き込まれている可能性が出てきた。

もしかしたら「黄金町」を震撼させている〝血塗られた胎児〟にさらわれた可能性もある。

俺はアイと供にモナの彼氏 篤に会いに行った。

ところが、篤はモナが事件に巻き込まれたかもしれないというのにバイト仲間にアイや俺と話しているのを見られたくないと言って俺達を邪険にし追い返そうとした。

そんな篤を見たアイはすごい剣幕で篤に掴みかかった。

それに対して篤は面倒くさそうににアイを突き飛ばした。

その瞬間、俺は篤を殴り倒した。

篤は道路に倒れこんだが、俺の怒りは収まらず、伊勢佐木モールのど真ん中で篤をボコボコにぶちのめした。

病院で鍛えていた俺の筋力はここで発揮された。

篤のバイト先の店員が警察に通報した為俺とアイは一目散にその場を立ち去った。

俺とアイは「黄金町」に戻ったが、やはりモナは戻ってこなかった。

もやもやとやりきれない日々が数日経ち、モナが行方不明のままアイは結婚式を翌日に迎えた。

その日の夜、俺は夢を見た。

夢の中に〝香澄〟が現れて俺に忠告した。

「アイと山田を結婚させてはいけない」

〝香澄〟がアイや山田の事を直接俺に語りかけてきたのはこれが初めてだった。

普段、俺が起きている時は〝香澄〟が直接話し掛けてくる事は無い。

俺の頭の中にあるのはあくまで〝過去の香澄の記憶〟で生きている香澄の意志ではない。

しかし、時々俺が寝ている時や意識を失った時(クスリでラリッている時)など、夢枕のように香澄が俺に忠告してくる事は何度かあった。

もちろんそれは俺の行動に対しての意見だったが、未だに明らかにされていない〝香澄の真の目的〟の為だと思っていた。

それが今回、まったく関係ないアイと山田の結婚の話に首を突っ込んできたのだ。

これまで香澄の意見は常に正しかった。

本当は香澄の目的に繋がるのかもしれないが、一応俺の為に忠告してくれていた。

しかし今回は、何の関係も無いアイの結婚話を反対している。

俺はどうしても納得できなかった。

確かに俺は山田を今ひとつし信用していない。

しかし、アイの事は心の底から信頼している。

アイは心から山田を愛している。

それは俺にも分かっていた。

俺はアイが好きだ。

アイのおかげで俺は変る事ができた。

俺はアイには幸せになってもらいたいと思っている。

そしてアイは山田との結婚を望んでいる。

その結婚を香澄は止めようとしているのだ。

俺は香澄に喰ってかかった。

「何であんたがアイの結婚を反対するんだよ。あんたにそんな権利ないだろ」

「権利とかそんな次元の問題じゃないの。もし結婚してしまえばアイは幸せにはなれないわ。それどころか絶望するわ。あなたはあの人に幸せになってほしいと思っている。だから絶対に結婚させては駄目」

「…だけど、そんな、そんな事言って証拠はあんのかよ」

「証拠なんてないわ。とにかく私を信じて。アイが好きなら私の言う事を聞いて。そうしなければあなた自身も不幸になるわ。そうなれば彩も悲しむわ…」

そこで俺は夢から覚めた。

俺は全身から滝のような汗を噴出していた。

横ではイラが気持ちよさそうに眠っていた。

俺は起き上がり水を飲んだ。

夢での香澄とのやりとりはリアルに覚えていた。

時計を見ると朝の5時だった。

あと数時間後には「ダラカフェ」で結婚式が始まる。

俺は洗面所の鏡の前で、自分自身にどうするか問い掛けていた。

21

「ダラカフェ」でアイと山田の〝結婚式〟が始まった。

二カウが殺され、モナも行方不明のままだったが、一応みんな店に集まってきた。

集まったのは藤巻をはじめ「黄金町」の住人達、アイの娼婦仲間やアイの元常連客たちだった。

アイはモナの事が気がかりだったが、山田に「モナも俺たちの結婚を望んでる」と励まされ、アイは予定通りパーティーをする事にした。

アイと山田はまだ籍を入れたわけではなかったが、形だけでも結婚したいというアイの強い希望でこういう形になった。

アイが正式に山田の籍に入るにはいろいろ複雑な手続きが必要だった。

アイは山田に自分が以前結婚していたという事は告げていた。

しかし、向こうでは別れただけで手続きはあやふやになったままだった。

その事をアイは山田に隠していた。

そして、自分は子供を産めない体だという事も…。

それ以外にもアイは山田に隠している事がいくつもあった。

どこか後ろめたい気持ちを感じつつ、それでも自分を受け入れ愛してくれる山田を心から敬愛していた。

しかし、アイは山田にも大きな秘密がある事を知らなかった。

俺が「ダラカフェ」に入ると店内は予想以上の人でザワついていた。

俺はわざと開始時間より遅れて行った。

「春道、遅いね」

俺を見つけたアイが駆け寄ってきた。

「彩はどうした?」

イラがいない事に気づきアイが訊ねてきた。

「ごめん、本当は連れて来たかったんだけどイラ熱を出してさ。具合悪くて暴れるから置いてきたんだ…」

「…そう、かわいそう」

もちろんそれは嘘だった。

イラは熱などだしていなかった。

俺はイラをわざと寝かしつけ、連れてこなかった。

恐らく今日は修羅場になる。

俺はこの結婚式をぶち壊しに来たのだから。

「ダラカフェ」は立食パーティー会場となっていた。

みんながアイと山田を取り囲み、わいわいがやがやと騒いでいる。

話題の多くははアイと山田のなるそめや「黄金町」で起こった様々な思いで話が中心だった。

パーティー自体は本当に自由で楽しいモノだった。

〝香澄の夢〟がなかったら素直に楽しめたと心から思った。

でも、頭のどこかで「それではダメだ」という気もしていた。

やがて、藤巻さんがカウンターの中に入り、アイと山田を呼び寄せた。

ざわめいていた店内が静まり返る。

ランガーがカラオケ用のマイクの電源を入れ、藤巻さんに手渡した。

「え~、お集まりの皆さん、それではこれよりアイことツィー ペンと山田康之の結婚式を始めたいと思います。二人はまだ正式に籍を入れたわけではありませんが、そこは我々の掟に従って二人の結婚を認めようではありませんか」

「うぉー」

藤巻さんの演説で会場は盛り上がった。

俺は驚いていた。

初めの立食パーティーは予想していた範囲内だった。

みんなが、自由にわいわい騒ぎながら、アイの結婚を肴に騒ぐ。

しかし、藤巻さんの演説は乱チキパーティーを本格的な披露宴に変えてしまった。

この藤巻さんの演説はアイが事前に頼んでいたものだった。

ランガーが店内の照明を落とし、音楽を消した。

店内がさらに引き締まったように静まり返った。

「新郎 山田康之、あなたはペンを生涯の妻とし、永遠に愛することを誓いますか?」

「…誓います」

アイの山田を見る目は輝きに満ち溢れていた。

「新婦 ツィーペン、あなたは康之を生涯の夫とし、永遠に愛する事を誓いますか?」

「誓います」

俺は一瞬、足がすくんだ。

このまま二人を結婚させて何の問題があるというのだ。

ここにいるすべての人達が二人の結婚を祝福している。

アイにとってもこの結婚がゴールのはずだ。

それを俺はぶち壊してしまって本当にいいのか?

しかし、俺の心の中で何かが引っかかっていた。

俺は山田の事を心の底から信用していない。

それは山田と初めて「黄金町」で出会った時に感じたあいつの心の闇だった。

もし、俺が二人の結婚を止めれば、俺は多くの反感を買うだろう。

しかし、そうする事で山田の本性を暴けるかもしれない。

自分の中で答えを出した俺は決意を固めた。

「もし、二人の結婚に反対する者があれば異議を申し立てよ」

店内に沈黙が走った。

藤巻さんの言葉を合図に俺は一歩前に出た。

「異議あり…」

そこにいたすべての人達が俺に視線を向けた。

アイは呆然と俺の方を見ている。

山田もあっけにとられていた。

俺はこの場に存在しない昔の女の記憶を信じてこれまで世話になってきた「黄金町」の住人を敵にした。

「春道、どうして?どうしてそんなこと言うんですか?」

「春道、自分の言葉に責任を取れるんだろうな。これはシャレじゃ済まないんだぞ」

「分かってますよ藤巻さん。勿論これはシャレじゃありません」

「だったら理由を聞かせてもらおうか」

「理由は簡単です。山田さんがアイちゃんを心から愛していないからです」

「……」

俺はハッタリをかまして山田の反応を見た。

しかし、予想外に山田は一言も反論しなかった。

「…春道、何言ってるね。あんたおかしいよー」

「アイちゃん、二カウさんが殺されて、モナちゃんも行方不明のこんな時にあわてて結婚する事もないでしょう」

「それは…」

店内はざわめき始めた。

アイは静かに涙を流していた。

その直後、店内にいた数人のタイ人の男達が俺に殴りかかってきた。

俺はそいつらを迎え撃ち、反撃して殴り返した。

店内は大乱闘になり結婚パーティーはめちゃくちゃになった。

その結果、俺は店内からたたき出されてしまった。

俺は痛めた足を引きずりながら「黄金町」に向かって歩き始めた。

あの大乱闘の中、俺ははっきりと覚えている。

山田は俺に一切反論せず、向かってこなかった。

俺は自分の行動に後悔していなかった。

もし、あそこで山田は本気で向かってきていたら今の気持ちは変っていたかもしれない。

しかし、俺のハッタリもあながち的は外れていなかったということか。

山田は黙ったまま今までに見せた事のない何ともいえない表情で俺を見詰めていた。

あの山田の目に俺は新たな不気味さを感じた。

山田は俺をどう思っているんだろうか?

山田とはいずれ決着をつけなければならない気がする。

それよりも俺はアイの信用を失ってしまった。

アイは俺の事を恨んでいるだろうか?

あの後、結婚式はどうなったんだろう?

俺がした事は本当に正しかったんだろうか?

                                                 【続く】

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2006年6月 7日 (水)

麻薬のような女  VOL 17

 こんにちは。D・二プルです。

 私の尊敬する偉大なる作家がこんな言葉を残しています。

 「自分の主義と興味を奪われるぐらいなら自由と命を千回奪われたほうがましだ」

 この言葉を初めて聞いた時、私の心は振るえました。

 私はこれまで何よりも自由を求め、まず生き残ることを第一に考えてきました。

 その私の価値観を根本から覆してくれたのがこの言葉でした。

 自由よりも命よりも、自分の主義と興味を大切にする。

 例えそれが世間の常識からかけ離れた反社会的な思想であったとしても、それが自分の意思である限り、私は自然に従ってこれを全うしたいと思います。

 そんな想いを胸に秘め、私は作家活動に明け暮れていきます。

 それでは「麻薬のような女」の続きをどうぞ。

13

昼下がりの午後、502号室で俺とイラは寄り添ってうとうとしていた。

しかし、俺の意識は遠のき、香澄の記憶が俺の身体を浸透していた。

あの大地震で記憶を無くしたイラの脳は後退し、幼児言葉しか話さなくなっていた。

俺の言葉にイラは反応はするものの、会話は成立しなかった。

しかし、意識が香澄にある時、不思議とイラは香澄と話をする事ができた。

もちろん直接言葉を発して話すわけではない。

直接脳で会話するように、テレパシーのように相手の意識に直接触れるような感じだった。

俺は香澄に主導権を奪われた状態で、二人の会話を遠くから聞いていた。

「またあなたね。いつもあたしの所にやってくるあなたは誰なの?」

「…そのうち分かるわ。それよりもいいしっかり聞くのよ。あなたは今眠っている状態だけどもうすぐ目覚めるわ。だけどそれは決していい目覚めではないわ。最悪の状況の中であなたは目覚める事になる。しかも、あなたはこれまで機能を停止していた状態だから感覚を取り戻すまでに少し時間が掛かるの。その間あなたは無防備の状態で危機にさらされる事になるわ…」

「最悪だね…」

「そう、その最悪の状況の中であなたが生き残る道は一つしかないわ。それはこの男を信じる事。この男はあなたの事を心の底から愛しているわ。性欲を超えた本当の愛を知ってる数少ない男よ。だからこの男を信じるの。この男の言う事を聞いてついていくの。そうすればあなたは生き延びる事ができる。あなたは残る。昔は自分だけを信じるように言ったけど、今は別よ。春道を信じて…」

「分かった。でも、昔ってどういう事?あたしあなたとどこで会ったの?」

「…いい、とにかくあなたは春道を信じる事。それだけに集中しなさい」

「…待って。あなたはあたしの……」

突然、意識が俺に戻り、俺は目を覚ました。

イラは俺の腕にがっちりとしがみついて眠っていた。

香澄の記憶が俺の頭の中でまた一つ鮮明に蘇った。

しかし、香澄の真の目的がまだ分からなかった。

香澄がずっと前に亡くなった人だという事は分かっていたが、一体何をしようとしているのか?

しかも、香澄がイラに話していた会話の中で気になる事がいくつもあった。

〝最悪の状況〟って何の事だ?

そんな中、俺はどうすればいいんだ?

香澄は俺に何をさせようとしてるんだろう。

俺の疑問が解決しない事をあざ笑うかのようにそれはゆっくりと足音を潜めてすぐそこまでやってきていた。

14

夜、コンビニで飲み物を買ってきた帰り道でアイとばったり会った。

同じマンションに住んでいてもお互いにパートナーができてからは自然に会う回数が減っていた。

俺はアイに買ってきた缶コーヒーを手渡した。

「ありがとう」

そう言ってアイはその場で缶を開けコーヒーを喉に流し込んだ。

俺とアイは歩きながら話し始めた。

「春道、どうですか調子は?」

「うん。なんとかうまくやってるかな…」

「あの娘の記憶はまだ戻らないね?」

「…うん。でも、もうすぐ戻りそうな気がするんだ」

「信じていれば願いは必ず叶うね」

「…アイちゃんの方はどう?山田さんとうまくいってる?」

「そうね。来月結婚する事になったね」

「本当?おめでとうございます」

「ありがとう」

「式はやるの?」

「お金ないからね。“ダラカフェ”で控えめなパーティーやる予定ね。春道も彩と一緒に絶対来るね」

「うん。絶対行くよ」

「約束ね」

「でも、本当に良かったね。おめでとう」

「ありがとう。春道も絶対に幸せになってね」

俺達はマンションの前まで歩いて来ていた。

その時、マンションの隣の店の前に綺麗な黒い髪の女が立っていた。

俺の記憶ではここは白人系の娼婦の店だと思っていたがどういうわけか日本人の女に代わっていた。

「アイちゃん。あの人知ってる?」

「知らないね。見ない顔ね。新人かもしれないね。私最近仕事してないから分からないね」

「そうだよね。ごめん行こう」

俺とアイはマンションの中に入って行った。

マンションに入る前、黒髪の女は俺にニッコリと微笑みかけた。

俺はその女の微笑みが少し気になっていた。

「じゃあね、アイちゃん」

アイは二階の自分の部屋に入って行った。

俺は階段を少し登ったがすぐ引き返した。

俺はマンションを出て隣の店の前で立ち止まった。

黒髪の女はさっきと同じように微笑んで俺を見詰めていた。

「待ってたのよ」

「君、日本人?新人さん?」

俺は無意識に女に話し掛けていた。

「昨日から始めたの。日本人よ。お兄さん、今日の相手は決まったの?」

「いや、俺は違うんだけど、ちょっと君と話したくてさ…」

「話だけでいいの?なんなら上で話さない」

黒髪の女は俺の耳元で囁きながら股間にやさしく触れてきた。

俺は慌てて女から離れた。

俺の本能が女から一瞬危険な匂いを感じ取った。

「ごめん、俺客じゃないんだ。お金も無いしね」

「あら、お兄さんタイプだからツケにしてあげてもいいのに」

「…ごめんね、また今度にするよ。君の名前だけ教えてよ」

「私はイラよ。よろしくね」

「…イ ラ?」

「そうよ。どうかしたの?」

「…ううん。何でもないんだ。じゃあ、またね」

「待って。あなたの名前は?」

「俺は春日、春日春道…」

「春道はこのマンションに住んでるの?」

「…ああ、そうだよ」

「…そう、じゃあ、今度は私と遊んでね」

「うん。じゃあね…」

俺は逃げるようにマンションの中に入った。

このもう一人のイラとの出会いが〝地獄の幕開け〟だという事に俺はまだ気づいていなかった。

15

その日、俺は久々に「香蘭」に訪れた。

イラとの散歩の途中で急にラーメンが食べたくなったのだ。

俺とイラが「香蘭」ののれんを潜ると、藤巻さんは俺達を気持ちよく迎えてくれた。

考えてみればしばらく「香蘭」には来ていなかった。

イラとの事や色々な事が重なってバイトを途中で投げ出す形になってしまった。

俺は藤巻さんにまず一言謝った。

そんな俺に藤巻さんはやさしく頭を叩き、許してくれた。

俺はイラとカウンターの席に座りラーメンとギョウザを一つずつ注文した。

俺は藤巻さんに今まであった様々なエピソードを話した。

イラとの思い出、山本との死闘、両親の死、大地震での記憶の混乱、男娼、クスリ…藤巻さんは俺の話を黙って聞いてくれた後最後にぽつりと呟いた。

「大変だったな…」

その一言がとても重みがあって俺の心に浸透した。

その間にもイラはラーメンとギョウザを美味しそうに食べていた。

そんなイラを見ていると以前、イラが一人で店にきた時の事を思い出した。

あの時、俺はイラを自分の女にするんだと心に決めた。

あれから随分色々な事があったような気がした。

あの頃と比べれば俺は本当に色々な事を経験したんだと実感した。

俺はふと藤巻さんに頭の中にいるもう一人の女の記憶の話をした。

俺は〝香澄〟の話を今まで誰にも真面目に話した事が無かった。

俺自身半信半疑だったし、他人に話すような事でもないと思っていたからだ。

藤巻さんは初め俺の話を不思議そうに聞いていた。

しかし、俺が「香澄」という名前を出した途端藤巻さんの目の色が変った。

突然藤巻さんは真剣な表情で言った。

「香澄は昔この町に実在した娼婦だ…」

「……」

俺は言葉を失った。

そんな俺を前に藤巻さんは淡々と話し始めた。

 

                                                 【続く】

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2006年6月 4日 (日)

麻薬のような女  VOL 16

 こんにちは。D・二プルです。

 人生は常に出会いと別れがある。

 新しい出会いと経験が人を成長させる。

 だから私は人と付き合う時、馴れ合いよりも刺激を求める。

 その時生まれる〝何か〟に私は人生を賭けている。

 「麻薬のような女」はそんな私の人生哲学の集大成だ。

 この物語を読む皆さんはいずれ歴史の証人になる。

 それでは、続きをお楽しみ下さい。

10

「黄金町」で再び殺人事件が起こった。

殺されたのは中国人の娼婦で、全裸のまま体をロープで亀甲縛りにされ、宙吊りにされたあげく、ズタズタに切り裂かれて死んでいた。

殺された部屋には前と同じように〝血塗られた胎児〟という血文字が残されていた。

第一発見者は隣の店で働いている中国人の娼婦だった。

彼女は警察ではなく、吉住会に連絡した。

その為事件は吉住会の手によって処理され、表沙汰にはならなかった。

吉住会は徹底的に犯人の足取りを追ったが、手掛かりは掴めなかった。

俺はアイからこの話を聞いた。

驚く俺にアイは以前にもこの町で殺人事件が起こり、未だに犯人は捕まっていない事を告げた。

身近で起こった事件なだけに人事ではなかったが、それでもどこか自分には関係ないというような想いがあった。

翌日、俺達はレンタカーを借りて横須賀にバーベキューにやってきた。

メンバーは俺、イラ、アイ、山田、モナ、二カウの6人だった。

運転は俺と山田が交代でした。

アイとモナはバーベキューが初めてらしく、行きの車の中からはしゃいでいた。

イラもモナやアイ達とすっかり仲良くなり、キャッキャキャッキャと喜んでいた。

そんなのどかな車内の中、俺は間近に迫った危機にまったく気づいていなかった。

バーベキューはとても楽しかった。

この日アイは俺に初めて山田を恋人として紹介してくれた。

今まで何となく距離を置いていた山田とも仲良く打ち解ける事ができた。

山田は俺のことをはっきりと覚えていた。

しかし、あえてみんなの前では初対面のふりを装っていた。

山田がどんな気持ちでそうしたのか分からなかったが、俺には都合がよかった。

アイは山田に俺の事をどこまで話したんだろうか?

肉体関係があった事、一緒に数ヶ月間暮らしていた事、どこまで話しているんだろうか?

山田は俺の事をどう思っているんだろうか?

そんな疑問を感じながら俺はバーベキューをしていた。

帰りの車の中で俺と山田以外全員が寝ていた。

しかし、俺と山田はほとんど会話しないまま車は「黄金町」に戻ってきた。

俺達は知らなかったが、この日また「黄金町」で娼婦の死体が発見された。

殺されたのはインドネシア人の娼婦で、首を絞められ絞殺された状態で押入れの中から発見された。

第一発見者は店を管理しているヤクザだった。

この狭い「黄金町」の中で立て続けに起こった殺人事件に吉住会のヤクザ達は面子を潰されたと怒り狂い、人員を派遣し、警備にあたった。

町はヤクザだらけだったが、それでも犯人は見つからなかった。

11

薄暗い会議室でスーツ姿の老人達が密談していた。

「ついに動き出しましたな。やはり病気は治っていないようですね」

「あまり大事になると隠蔽工作が大変だぞ」

「警察はもとより、マスコミに勘付かれたら厄介な事になりますよ」

「しかし、多少の犠牲はしかたないでしょう。承知の上で奴を派遣しているんですから」

「それよりも作戦は進行しているんですか?仕事よりも趣味に走っているんじゃしょうがないだろう」

「今のところ第一段階は終了でしょう。続いて第二段階に入るでしょう」

「遂に第二段階ですか。という事はあれも派遣するわけですな」

「ええ、今日現場入りするそうです」

「そうですか…」

「これであいつの発作も止めてくれるでしょう」

「しかし、別の心配もでてきますが…」

「まあ、心配ないでしょう。何かあれば連絡します。それではまた一ヵ月後に…」

老人達は各々立ち上がり、会議室から出て行った。

ホワイトボードには「黄金町」の細かい見取り図が描かれている。

殺人事件があった店には☓印が付けられていた。

そして♂と♀のマークが付けられている。

そしてホワイトボードの一番下には「第二段階→最終段階」と書かれていた。

12

バーベキューから帰って来た俺達はぐっすりと眠っていた。

山田はレンタカーを返しに行った後自宅に戻った。

その夜モナもアイの部屋に泊まった。

二人は初めてのバーベキューでハシャギ疲れ、死んだようにぐっすりと眠っていた。

502号室で俺もイラと深い眠りについていた。

二カウは「ダラカフェ」に働きに行った。

俺達にとってはいつもと変らない夜だった。

そんな中、一つの人影がこの町に入り込んできた。

真っ黒なラバーのボンテージスーツを身に纏い、完璧なボディーをひけらかしながら、真っ黒な長い髪を風に靡かせてその女はやってきた。

夜なのに女はサングラスを掛けていた。

サングラスの女はアイのマンションの前で立ち止まった。

そしてニッコリと危険な笑みを浮かべると、マンションの隣の店に近づいていった。

店にいたのはロシア系の娼婦だった。

アイのマンションがある川沿いの店は白人系娼婦のエリアだった。

近づいて来るサングラスの女を不審に感じた娼婦が罵声を浴びせようとした瞬間、サングラスの女の手が娼婦の首を掴み言葉を封じた。

サングラスの女はそのまま娼婦の首を締め付けたまま、店の中に押し込んでいった。

そしてドアを閉め、カーテンで姿を隠し電気を消した。

三十分後、サングラスを外し娼婦が着ていたキャミソールを身に纏った女が店の前に立っていた。

女は店の奥からパイプイスを持ち出し、腰を下ろしアイの部屋の窓を眺めていた。

そんな女を見て通りすがりの客が近づいてきた。

「ねえちゃん、見ない顔だな。新顔かい?何て名だい」

女はニッコリと微笑んで答えた。

「イラよ…」

「よし、今日はねえちゃんに決めた」

もう一人のイラは笑顔のままドアとカーテンを閉めた。

数分後、ドアが開きイラが姿を現した。

イラはさっきと同じようにパイプイスに腰掛け、何事もなかったようにアイのマンションを眺めていた。

店に入っていった男は二度と姿を現さなかった。

                                                  【続く】

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2006年5月21日 (日)

麻薬のような女  VOL 12

 こんにちは。D・二プルです。

 皆さん、いかがお過ごしですか?

今日は久しぶりに朝から晴れてとても気持ち良いですね。

 さて、「麻薬のような女」いかがですか?

次々と切り替わる意外な展開に皆さんついてきているでしょうか?

物語はそろそろ第一章の終盤を迎えます。

 そして、第二章ではこれまで以上に信じられないよう展開が待ち受けています。

皆さん、存分にお楽しみ下さい。

 それでは、気になる続きをどうぞ!

26

何も無い真っ暗な空間の中を俺は漂っていた。

俺の頭の中は真っ白だった。

何もする気が起きなかった。

すべてが面倒くさかった。

すべてがどうでもよかった。

別に生きていなくてもよかった。

すると闇の中からぼんやりと懐かしい顔ぶれが現れた。

親父とお袋だ。

「春道、こっちにおいで。私たちはいつまでもお前を愛しているよ」

あれだけ嫌いだったはずの両親がとても愛しく思えた。

俺は二人に吸い寄せられるように近づいて行った。

「そっちへ行っては駄目…」

突然、俺の頭の中で声が響いた。

突然、俺の前に30代前後の女が現れた。

女は細身でとてもきれいな女だった。

俺はその女の事を何も知らないはずだった。

しかし不思議な事に、その女の事を俺は知っていた。

女の記憶が俺の中に流れ込んできた。

女の名は香澄。

「あなたはまだこっちに来ては駄目。あなたをまだ必要としてる人たちがいるんだから。あなたはまだその身体を使い切ってない…」

香澄はそう言って俺の前から消えた。

香澄が消えたのと同時に俺は巨大な渦に飲み込まれるように、暗い穴の中に吸い上げられて行った。

闇の中に一点の光が見えた。

俺の目の前に見知らぬ天井が広がっていた。

俺が意識を取り戻したのは病院のベッドの上だった。

俺が寝ているベッドの横には、点滴やら訳の分からない機械が俺の体に繋がっていた。

しばらくすると何やらざわざわと雑音が聞こえ始めた。

白衣を着た医者や看護士たちが何かをしゃべりながら、周りでうろちょろしていた。

俺は何を話しているのか聞き取ろうとしたが、言葉は俺の耳に届かず、話す事もできなかった。

どうやら俺は病院に運ばれたようだと自覚した。

大地震に襲われ、家具の下敷きになった俺は何とか生き延びたようだった。

俺はどれぐらいの間意識を失っていたんだろうか?

それより不思議だったのは意識を取り戻して以来頭の中でずっと誰かの声が聞こえているという事だ。

幻聴かと思ったがそうではなかった。

声というよりも、俺じゃない誰かの記憶が俺の頭の中に混線しているようだった。

頭を打って俺はおかしくなってしまったのか?

とにかく俺の中で一つの意志が何度もリピートしていた。

「黄金町に行かなくてはならない…」

頭の中で誰かがしきりにそう言っている。

「分かった。行くよ…」

そう返事をして俺はまた意識を失った。

27

関東を襲った大地震発生からすでに一ヶ月が経っていた。

アイは「黄金町」でいつも通りの生活を送っていた。

春道が突然町から消えて以来、アイは春道を待ち続けていた。

仕事をしている時も、酒を飲んでいる時も頭の片隅で春道の事を考えていた。

アイは春道との生活を思い出していた。

何気ない春道との生活がとても楽しかった。

アイは春道を自分の子供のように大切にしていた。

それは祖国にいる自分の息子と重ね合わせて春道を見ているからだった。

アイにはタイに残してきた息子と娘がいた。

アイの本名はツィー・ペンといった。

ペンはどんなに苦しい時でも、毎月必ずタイに仕送りを送っていた。

ペンの子供を育てているのは姉と元夫だった。

ペンの元夫は昔ムエタイのチャンピオンだった男で、二人は深く愛し合っていた。

しかし、試合で右目を潰されて以来、ペンの元夫は職を失い、酒に溺

たちまち借金が膨らんでいった。

ペンは夫と別れ、子供を喰わせる為に自らを蛇頭に売った。

蛇頭はペンを日本に密入国させ、ヤクザに売った。

ペンはヤクザにアイと名付けられ娼婦となった。

そんなアイの夢は自分の子供達と日本で暮らす事だった。

その為には一度タイに戻り子供達を連れて再び日本に帰ってこなければならない。

それには日本国籍が必要だった。

そして一番手っ取り早い方法は、日本人と結婚する事だった。

この町で働き始めてからアイはずっと結婚相手の男を捜していた。

しかし、アイの前にはろくな男は現れず、アイは半ば諦めていた。

そこへ春道が現れた。

アイにとって春道は最後の希望だった。

アイは春道と結婚し、日本国籍を手に入れようとしていたのだった。

しかし、その春道も突然「黄金町」から姿を消してしまった。

噂では日本人の娼婦とどこかへ消えたと言う。

アイは荒れた。

酒を飲み、娼婦仲間と喧嘩して絶望に打ちのめされていた。

そんなアイの元に一人の男が現れた。

アイの店に上がってきたその男は40歳前後の真面目なサラリーマンだった。

男はアイに惚れこみ、アイも男を気に入った。

あっという間に男はアイと親しくなった。

そして、アイは自分の部屋に男を呼びSEXするようになった。

男の名は山田。

以前、春道と屋台で知り合ったあの山田だった。

しかし、アイはそんな事を知るすべも無く、山田に新たな希望を賭けて前に進み始めたのだった。

28

病院のベッドの上で俺は腹筋をしていた。

もう、何日続けているだろうか?

いつの間にか毎日の日課になっていた。

腕立て100回、腹筋100回、背筋100回、スクワット50回を1セットとしてそれを一日5セット行った。

看護士に見つかるとうるさいから大抵やる時間は夜だった。

散歩という名目で外に出た時はジョギングを欠かさなかった。

誰もいない屋上でシャドーボクシングや空手の突きの練習を一日5千回必ずやった。

その他の時間は格闘技の本を徹底的に読み込んだ。

俺はこれまで格闘技経験はまったく無かった。

とくに体を鍛えようと思った事もなかった。

しかし、あの地震以来、俺の頭の中のルームメイトが体を鍛えるように言う。

俺の中で香澄の記憶は徐々に広がり、今ではそれが当たり前のように想うようになっていた。

俺は香澄の忠告を素直に受け入れた。

突然両親を喪った俺は精神的にも肉体的にも強くなる必要があった。

それはやがて訪れる戦いに供える為のものだった。

俺は体が治り次第「黄金町」に向かう事を決意していた。

目的はイラを奪い取る事と香澄の目的を果たす事だった。

あの大地震で俺は携帯を無くし誰とも連絡が取れなかった。

イラだけでなくアイや「黄金町」のみんなの安否も気になるが、あの町に行くという事はあの男と再び出くわす可能性が高かった。

イラを独占している狂人 山本弦…。

あいつがいる限りそう簡単にイラを自分の女にする事はできないと俺は思っていた。

そして一番重要な事はイラの今の気持ちだった。

一時はいい感じになったと思ったが、両親の死のショックで俺はイラを突き放してしまった。

あれからイラが俺の事をどういう風に感じているかは解からない。

場合によってはまた一から始めなければならないと俺は思っていた。

そして一番怖かったのはあの地震でイラが死んでいる事だった。

地震以外でも山本にひどい目にあっていないかとても心配だった。

とにかく今は一刻も早く体を完治させなければならなかった。

そして、もう一つ香澄の目的も達成させなければならない。

香澄の目的が何なのか今の俺はまだ知らなかった。

香澄の記憶がまだそこまで伝わってきていなかった。

それは香澄の記憶の中でも最深部分のものだと俺は思っていた。

とにかく「黄金町」に行けばまた何か思い出す予感がした。

そんな決意を胸に秘め、俺は拳立てを続けた。

29

薄暗い会議室で老人達がひそひそと話し合っていた。

「計画はどこまで進んでいるんですか?」

「あの男はうまくやっているんでしょうな…」

「今はあいつを信用するしかないでしょう。これは高度にデリケートな問題ですからね」

「あの男がトラブルを引き起こさずにやれるとは思えませんな。初めから私は反対したんです」

「発作のほうは大丈夫でしょうな…もし再発したら大問題ですぞ」

「とにかく今は彼からの報告があるまで待機していて下さい。連絡が入り次第次の段階に進みたいと思います。では解散!」

老人達はおのおのに席を立ち会議室から出て行った。

誰もいなくなった会議室のホワイトボードにはこう書かれていた。

「黄金町抹消計画」と。

それはこれから起こる未来を密かに暗示するものだった。

                                                 【続く】

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